専任教員インタビュー集
/弁理士
「マーケティングの権威」コトラー氏とも議論
近年、企業の知的財産を経営や事業戦略に絡める動きが増えてきました。そんな中、まさしく知財と他領域のつながりや、その活用方法を研究しているのが杉光一成教授です。
一例が「知財×マーケティング」です。「知財とマーケティングは密接に関係しており、たとえば特許を活用することで、排他的・独占的に市場(顧客)を獲得し、事業や商品・ブランドを展開できる可能性があります。つまり効率的なマーケティングを実現できるのです」とのこと。最近は知財情報を分析し、その結果を経営や事業に活かすIPランドスケープが注目されていますが、杉光教授は早くから、そのような「攻めの知財活用」に着目してきました。
「知財とマーケティングのつながりを強く感じたのは、企業が保有する技術をブランドに育てる『技術のブランド化』を研究している最中でした。技術のブランド化には特許の存在が重要であり、その活用こそが企業マーケティングの鍵になると考えたのです」
この“持論”の整合性を確かめるため、マーケティング界の権威であるフィリップ・コトラー氏に直接考えを伝えたこともありました。
「コトラー氏の著書には特許に関する言及がほとんどなく、特許はマーケティングの重要な鍵になるという私の持論とズレがあるように感じました。そこで、本人とこのテーマで議論したいと思ったのです。ちょうど彼は『技術のブランド化』に関する著書を出しており、当時まだ翻訳されていませんでした。そこで私が翻訳担当を名乗り出て、その中で自分の考えをぶつけたのです。結果は『君の言う通りだ』と納得してくれましたね。最終的には、追加でもう一冊翻訳を依頼されました(笑)」
このほか、直近で力を入れている研究テーマが「知財×投資」です。近年、投資の判断材料として企業の知財に注目が集まっており、とりわけ機関投資家(※巨額の資金を運用する法人など)が情報を求めているといいます。
「コーポレートガバナンス・コード(※上場企業の企業統治における原則や指針をとりまとめたもの)に知財の文言が追加されたことで、注目度が上がりました。私はその前から、コーポレートガバナンス・コードで知財について触れるべきと考える何人かのメンバーとロビー活動を行っていたのです。未来を予測しながら、今後知財と関係しそうな領域を探すのも得意ですが、それだけでなく“未来を作る”動きもしてきました。これはその一例だと思います」
2分野の重なりを専門にすると「希少な人材になる」
いままで杉光教授が知財との関係に着目してきた領域は、マーケティングや投資など、かつて知財と無関係に思われながら、実はわずかに重なり合っていたものだと言います。その重なり部分を追究するのが杉光のスタイル。数学の「集合」で言えば、AとBの2つの円が重なる部分、いわゆる「AキャップB」の領域を見ているのです。
「知財やマーケティングの専門家は世の中にたくさんいますが、2つの領域の重なる部分に精通している人間は多くありません。途端に希少価値が生まれるのです」
このスタイルに行き着いた原体験がありました。2004年、その時点で法学と工学の修士課程を修了していた杉光教授は、開設したばかりのKITの教授に。博士課程まで修了して教授になるのが一般的な中、2つの修士号でなれたのは「法学と工学両方を学んでいた人が当時はほとんどいなかったからではないでしょうか」と杉光教授は言います。
ところで、杉光教授は知財の専門家ですから法学の修士を持つのは自然ですが、なぜ工学も学んだのでしょうか。理由を聞くと「知財といってもコンピュータやデザイン、AIなど、対象になるものが幅広く、どこかで専門領域を絞る必要があります。そこで私は情報工学の知見を深めようとしたのです」とのこと。
「その後は医学の博士課程も修了しました。医学も知財と関係が深く、さらに少子高齢化が進む日本では、今後成長が見込まれる産業でもあります。この分野の特許に注目が徐々に集まりつつあり、今後その重要性が周知されていくでしょう」
医学を学んだ理由はもうひとつあるそうで、杉光教授は、体組成計で毎日自分の体を測定するほどの“健康オタク”。「趣味が高じた結果とも言えますね(笑)」と付け加えます。
ここで伝えたいのは、専門の掛け合わせによるキャリア構築
杉光教授がKITで伝えるのは、知財やIPランドスケープ、意匠・ブランドマネジメントといった領域の知見はもちろん、彼自身が行ってきた2つの専門性の掛け合わせによるキャリアディベロップメントの方法論です。「ゼミの研究では、学生の専門領域から離れつつもわずかな重なりがあり、今後の企業活動で重要になりそうなものを提案しています」と話します。
「ビジネスパーソンがキャリアアップするためには、自分をひとつの商品に見立ててマーケティングすることが重要です。私が2つの専門性の重なりを求め続けてきたのもその一環。少しでもそういったノウハウを伝えていきたいですね」
知財とわずかに重なる他の領域を見つけ、AキャップBの専門性を身につける。結果、社会で数少ない人材となり、必要とされていく。そんなキャリアアップの手助けをすることが、杉光教授にとっての目標なのです。