専任教員インタビュー集
専門家がいないなら、いっそ自分が弁護士になろう
KIT虎ノ門大学院において、メディア&エンタテイメントビジネスの法務に関する講義を担当している大橋卓生教授。普段は弁護士としての実務も行い、スポーツやエンタメ領域の法律家として活躍しています。そんな大橋教授ですが、キャリアの最初から弁護士を目指していたわけではなく、もともとは大好きな音楽分野でコンサートの企画などに携わりたいと、株式会社東京ドームに勤めていました。
「ギターは今もやっていますし、若い頃は自分で曲をレコーディングしていたこともあります。私が入社した1991年当時は、東京ドームが国内唯一のドーム球場で、この大学院にいる北谷賢司教授がローリング・ストーンズのコンサートなどを成功させていました。そういう企画に携わりたいと思っていましたし、『遊びを一生の仕事にしたい』という気持ちでした(笑)」
しかし、希望の部門には配属されず、あるとき同社の法務部に籍を置くことに。大学で法学部を卒業していたことが理由でした。「法律の勉強は面白くなかったですし、遊んでばかりの大学時代でした。そのとき『弁護士になる』という選択肢はまったく考えませんでした」。当然、社会人になって法務部に配属されたときも喜ばしいものではなかったでしょう。
「ただ、実務としてスポーツやエンタメ領域の法務に関わってみると、思ったよりもずっと楽しかったんです。と同時に、当時はこの領域を専門とする弁護士が少なく、一般の弁護士を頼っても対応できないことがいろいろ出てきました。そこで、最初は知識をつけるために司法試験の予備校に通い始めたのですが、途中からいっそのこと自分が弁護士になってみようかと考えて、独学で勉強しながら司法試験を受けたのです」
当時は平日朝4時に起きて、出社前の3時間を勉強に充てていたとのこと。5年やってダメなら会社の留学制度を使ってアメリカの弁護士資格を目指そうと考えていましたが、その5年目に合格しました。「大学時代の友達からは『お前が弁護士になったの?』とびっくりされますね(笑)」。
実務として法に関わったとき、どこに楽しさを感じたのか
偶然のきっかけから法の専門家となった大橋教授。そこまでの決断をするに至った理由は、先述の通り、この領域の実務が楽しかったからでした。
「法の概念を学んでいた大学時代と違って、実務では具体的にどう契約に表現するか、どう問題を解決するかを考える必要があるので、そこに面白み感じました。しかも契約書に出てくる名前がマイケル・ジャクソンやローリング・ストーンズでしたから、そうした大きなイベントに関わることができているという妙な満足感がありました」
加えて、この領域の法務は「答えのない問題が多いこと」も魅力でした。たとえば最近はAIやメタバースをスポーツ・エンタメに活用する動きがありますが、そのルールは多くがまだ整理されていません。「決められたことを守るのではなく、契約などでルールを作り、合理的な答えを導いていくことに楽しさを感じました」と話します。
大学院の講義で教えるのも、まさにそういった「答えのない問題を法を使ってどう解決していくか」ということです。
「実際に問題を提示して、全員で解決方法を考える講義もしています。一例として、いまディープフェイクという生成AIを使い、演技をしている俳優の顔部分の映像だけを亡くなった俳優のものに差し替え、あたかも亡くなった俳優が演じているようにみせることが行われています。今後、こうした手法が広く取り入れられていくことが予想されますが、権利関係の問題をどう解決していくのか。法律の枠組みで対処するだけでなく、相手側との独自契約でルールを設けるという手段も考えられます。講義ではこうした問題へのアプローチの仕方を提示し、そこかから答えを導くことを学生の皆さんとの議論を通じて考えていくのです」
専門弁護士が少ない領域だから、法を学ぶ意味がある
自分自身の性格を聞かれて「人がまだやっていないことや新しいことに興味があります」と答える大橋教授。スポーツやエンタメを専門にする弁護士が昔はほとんどいなかったことも、このキャリアを歩む動機になりました。「同じようにいまは、まだ開拓されていないAIやメタバースとエンタメ・スポーツのつながりに注目しています」。
これらをふまえ、大橋教授が伝えたいのは「エンタメ・スポーツの現場にいる人間が法の知識をつければ大きな武器になる」ということです。
「いまメディアやスポーツ、エンタメで新しいことをやろうとしている最前線の方が、法律の知識を持った上で目の前の仕事にアプローチできると、進み方は速くなるはずです。また、何か問題が起きて弁護士に相談するにも、まず現場の人間が法的な観点で問題を見ることができれば、弁護士にも解像度高く伝えられるでしょう」
大橋教授の講義には、テレビ局や広告代理店、スポーツチームの運営組織など、この領域の最前線に携わる人が多く訪れています。その人材が法務を学ぶ意味はここにあるといえます。
何事も凝り性で、法律も一度学ぶ楽しさを感じたら、司法試験を受けるほどに没頭した大橋教授。この大学院では、自分自身が感じた法律の楽しさを伝え、最前線で戦う人たちの武器へと変えていきます。