専任教員インタビュー集

野村 恭彦
Takahiko NOMURA
教授/博士(工学)
リーダーは「スローに行こうぜ!」
本気で挑む、教室から生まれる社会イノベーション
野村恭彦

今の仕事を、KITの講義に「持ち込んでほしい」

社会人向けの大学院やビジネススクールというと、学校で学んだことを“持ち帰って自分の仕事に活かす”というイメージになりやすいもの。しかしそうではなく、逆に自分の仕事を大学院の講義に持ち込んで欲しい、ここでイノベーションを起こしてほしい。そんな考えを持ってKIT虎ノ門大学院で教えているのが、野村恭彦教授です。

オープンイノベーションやクロスセクターイノベーションを専門とする野村教授。企業、行政、NPOなど、異なるセクターの人たちが協働し、社会課題に対してイノベーションを起こす方法やそのあり方を研究してきました。

その講義では、冒頭のモットーが具現化されています。たとえば野村教授の担当する「イノベーションファシリテーション特論」では、クロスセクターによるファシリテーションの方法論やポイントを学んだ後、実際に自分の仕事に関わるクライアントや、今描いているイノベーションに必要なステークホルダーを招いて、公開型のファシリテーションを行います。

「ここで学びながら、同時に働いているイメージですね。そう考えると、私の講義はベンチャーキャピタルの立ち位置に近いかもしれません。お金は投資しませんが、イノベーションを起こそうとする学生に対してハンズオンでサポートしていくのです」

学生は「ビジネススクールの殻を被った社会運動家集団」

野村教授のもとには、文字通りさまざまなセクターの人たちが学びに来ています。その多様な参加者が、この場で本当に何かを起こそうと動くのが理想。だからこそ、野村教授はこんな“野望”を語ります。

「講義でつながった学生同士が協働して、都市単位のイノベーションをここから起こすことも可能ではないでしょうか。企業・行政・NPOの人材が集まるこの大学院だからこそ、たとえば、地域住民を招き入れるところからスタートして、新たな制度を作り、先進的なビジネスを都市に実装する。そんなこともできると感じています」

AIや自動運転など、新しい技術の進化が目覚ましい昨今ですが、「これらは技術的に見ると実装に向けた準備が進んでいるのに、それをどう社会で使うかという“整地”の面で遅れているものが少なくありません」とのこと。ビジネスモデルの構築や法的な対応、あるいは実証実験のような形で技術を落とし込む地域を作ることなどが大事。それには、計画的に行うことが必要であり、「この大学院のつながりを活かせば手が届くと思っています」と野村教授。

「私の講義やゼミが『ビジネススクールの殻を被った社会運動家集団』になってほしいですね(笑)。仮に自分の勤める会社や行政でクロスセクターの枠組みを作ろうとしても、自分の組織の否定につながるような議論はしにくいもの。それ無しでは本当に社会が求めるイノベーションは起きません。この大学院は全員の“サードプレイス”だからこそ、立場に依らないクロスセクターの議論ができるのです」

惚れて移り住んだ「京都」に、スロー・リーダーシップのヒントがある

こういった社会的な取り組みを進めるためのリーダーシップについても、野村教授は教えています。ただし、従来のリーダー像やその概念とは相容れません。

「これまでのリーダーシップは、短期的な目標を達成するものであり、最初にゴールを設定して周囲を巻き込んでいくファスト・リーダーシップだったといえます。しかし私が教えているのは、人のつながりを大切にして、関わる人の思いや課題を聞き、立場を超えて共感しながら一緒に変わっていく長期的なスロー・リーダーシップ。人口減少が確定的な日本では、これまでの経済成長を前提とした成功モデルから脱却しなければなりません。サステナビリティの時代、短期的な成果ではなく、長い目で見て人間の幸せや豊かさを追求する必要がある。そこで求められるのがスロー・リーダーシップなのです」

そんな価値観を体現している都市であり、野村教授が移り住むほど惚れ込んだのが京都でした。「京都の企業が大切にする教えのひとつに『自分の代で大きなことを成すより、次の代、その次の代が潰れないようなことを成せ』というものがあります」と紹介します。

「たとえばレストランの経営でも、繁盛したら店舗を増やすのがこれまでの定石でしたが、それは人口が増えていた時代の戦略。そうではなく、2代、3代と続くことを目指した経営も立派な戦略であり、経済成長が止まった日本がこれから目指すのはそんなスローな価値観ではないでしょうか。決して負け組の戦略ではなく、長期で見ればより重要なことに取り組んでいるのです」

京都の文化、価値観に魅せられた野村教授は、今や「能」や伝統舞踊も学ぶほど。伝統文化の担い手が大勢いる京都で、プロの能楽師に稽古をつけてもらうほどのハマりようです。

短期的な成果も重要ですが、今の日本ではその先どうすればいいか迷ってしまうこともあるはず。「そんな人たちに『スローに行こうぜ!』と呼びかけたいですね」と穏やかに語ります。この価値観に共鳴し、遠い未来につながる社会的なイノベーションを起こす人たちを、野村教授は待っています。

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