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デザインアートラボ ミュージアムツアーレポート

2025/8/21 NEW

5月26日、金沢工業大学のデザインアートラボが企画したミュージアムツアー【展覧会 「石岡瑛子(I)デザイン」を見に行こう】が開催されました。初の試みとなるこの催しは、富山県美術館で開催された「石岡瑛子I(アイ)デザイン」を会場に実施されました。

展示のタイトルにもなっている石岡瑛子さんは、1960年代から2010年代にかけてご活躍されたデザイナー/アートディレクターです。彼女が生み出した作品の数々は、国内外問わず高い評価を得ており、特に当時の“女性像”を大きく覆した渋谷PARCOのポスターは、今なお見る者に衝撃を与える鮮烈さを携えています。
ポスター作品だけでなく、CM演出や書籍・舞台の衣装デザインなど、分野の枠組みを超えて生涯表現者で在り続けた石岡瑛子さん。富山県美術館で現在開催中の企画展示「石岡瑛子(I)デザイン」では、そんな彼女が貫き通した”I(わたし)”が、約500点もの作品を通して、見る者の”今”にありありと顕現します。

それでは展覧会の紹介を交えながら、ミュージアムツアー当日の様子についてお送りしていきます。
ミュージアムツアーには学生約20名が参加しました。
当日は、ツアー参加者が各自個人で鑑賞をした後、富山県美術館の建築鑑賞を行いました。お昼休憩を挟んでから、「石岡瑛子(I)デザイン」の監修者である河尻亨一さんによる鑑賞ツアーがなされました。各ワーク別に紹介していきます。

個人鑑賞

美術館到着後、まずは参加者個人で1時間自由に「石岡瑛子(I)デザイン」を鑑賞する時間が設けられました。まず驚いたことが、展示室の入り口が真っ赤に染まっていたことです。
目に焼き付くような赤い壁には、「石岡瑛子とはどのような人間か」が記されています。いずれも彼女と仕事をしたことのある方々によるものです。映画監督である黒澤明さんや、音楽家である坂本龍一さんなど、様々な業界の著名な方々が名を連ねていることから、彼女の仕事領域の幅広さを感じました。

建築鑑賞

参加者個人での事前鑑賞を終えた後、建築学部増崎先生による富山県美術館の建築紹介が行われました。増崎先生は、富山県美術館を設計した内藤廣氏の事務所で実際にお仕事に携わられていた方です。建築家ならではの視点で富山県美術館の魅力をたっぷりと紹介していただきました。
美術館内には、富山の名産であるアルミと杉が多く使用されており、館内の雰囲気に柔らかい印象をもたらしています。富山県は豊富な水資源を用いた発電やその水の綺麗さにより、日本有数のアルミ生産量を誇る県です。


約30分間の建築紹介の後、参加者は美術館周辺のカフェや環水公園で各自昼食をとりました。増崎先生のお話を思い返し風景を眺めると、美術館と街が心地よく調和していることが体感出来、穏やかな気持ちでご飯を食べることが出来ました。

河尻亨一さんによる鑑賞ツアー

午後からは、「石岡瑛子(I)デザイン」の監修をされた河尻亨一さんによる、鑑賞ツアーがなされました。河尻さんは石岡さんの生前最後のインタビューを手掛けた編集者・ライターであり、 展示物の紹介を中心に、石岡さんの仕事の裏話や、お人柄が感じられるエピソードの数々をお話ししてくださりました。

河尻さんは、石岡さんを「自己主張がとても強い人」と称します。広告主やクライアントの要望をそのまま実現するのではなく、自分らしくそれをアウトプットする。石岡さんの手掛けたデザインは、一部の分かる人向けの高尚で閉ざされた表現でも、流行におもねった消費の早い表現でもない。貫かれた彼女の意思と個性が、強いメッセージ性を携えて表出されています。

ここまでのお話を聞き、事前鑑賞で感じた印象と合わせて形成された石岡さん像というものは、「確固たる自分」が芯にあり、それを表現することに恐れのない天性の強さを持った方だと思っていました。しかし、その後の河尻さんのお話を聞いていくにつれて、それは生まれ持った感性やセンスだけではなく、石岡さんの世の中に対する深い洞察と、たゆまぬ鍛錬によって裏付けられていることを知りました。

ここでひとつ印象的な作品を紹介したいと思います。


―石岡さんの代表作であるPARCOのポスターの内、1977年に打ち出されたキャンペーンの広告である「あゝ原点。」。当時は戦後から30年が経ち、人々の生活水準が上がっていた時代であったと言います。好きな服やアクセサリーを好きに買える世の中に対し、石岡さんは「それは本当に豊かなのか」と疑問を抱いたそうです。
「あゝ原点。」は、国内初、インドでの撮影が行われた広告です。また、モデルを起用するのではなく、原住民を被写体とした斬新さが当時話題となりました。石岡さんは現地まで出向き、村の女性を撮影させて欲しいと交渉しましたが、村の男性全員がOKしないと撮影出来ない等の条件により、撮影交渉は数週間にも及んだそうです。そんなある日、突如砂漠の向こうから華やかな衣装を身にまとった村の女性たちが現れました。突然のことに驚き、その美しさに圧倒されながらも、写真家に急いでシャッターを切るように指示したそうです。その瞬間の写真がこちらのポスターとなりました。
仕事着でもある服を身にまとい、こちらに投げかけられた瞳の強さにはある種神々しさも感じます。

石岡さんの手掛けた広告には、共通して大きな特徴があります。それは、商品の顔が全く見えない、という点です。石岡さんの手掛けた広告には、PRの枠組みを超えた、見る人の心に強く訴えかけるようなメッセージ性を宿しています。彼女のその一貫した仕事ぶりは、ただクライアントの要望に応えるだけでなく、自身が世の中に対して感じること、思うことの表現が軸となっています。彼女の時代を見据える目と、それを表現する為に養われたスキルによって、私達は共感し、感銘を受けているのですね。

今回、初の試みとして開催されたミュージアムツアー【展覧会 「石岡瑛子(I)デザイン」を見に行こう】は、参加者にとって、普段の授業では学ばない芸術分野に関心を持つ大きなキッカケとなったと思います。
展示室の最後は、石岡さんの「最後の瞬間まで表現していたい。」という言葉で締めくくられています。
どんな環境であっても他者への慈愛と包摂力、そして社会への深い洞察を備えていた石岡さんから、私達が学べることとは何でしょう。石岡さんを「歴史に名を残した表現者」として、自分とかけ離れた存在だと切り離してしまうのではなく、彼女の生き様を通して私達の「I」を見つめ直していきたいです。