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実験装置も自作。革新的な小型無人潜水機への応用を念頭に、クマノミ亜科の水泳動作を流体力学から解析に取り組む。大学院機械工学専攻の木村菜摘さん
機械工学科 福江高志研究室では、自然界の「流れ」の不思議を解明することで、持続可能な社会の構築のキーとなる省エネルギー技術や熱流体制御技術の構築に繋げる、バイオミメティクス(生物模倣工学)の研究に取り組んでいます。
では具体的にどのような研究が学生により行われているのでしょうか。大学院機械工学専攻博士前期課程(修士課程)2年の木村菜摘さんの研究を通じて、その取り組みの一端をご紹介します。
【クマノミ亜科の遊泳法を観察するため回遊水槽を1年かけて設計・製作】
環境に適応した魚類の遊泳はエネルギー消費を最小限に抑える工夫があり、珊瑚礁や岩礁まわりの狭い空間などを生活圏とする小型魚類の遊泳動作は、複雑な海底での環境分析や資源探査が可能な革新的な小型ROV (Remotely Operated Vehicle:、遠隔操作型無人潜水機) の開発に応用できる可能性があります。
木村さんが研究テーマにしたのはクマノミ亜科の一種でした。クマノミ亜科は珊瑚礁などを生息圏としている小型魚類で、イソギンチャクとの共生を行うことでも知られています。魚類の推進方法は胴体や尾びれの揺動を用いるタイプと、胸びれや背びれ、尻びれで泳ぐタイプの2つがありますが、クマノミ亜科の泳動作は、胸びれと尾びれの両方を利用して遊泳する中間的な泳ぎ方をするといわれています。
珊瑚礁などの狭い環境で生息する魚類は流れが複雑に変わる低流速の流れにさらされるため、胸びれと尾びれを器用に使うことで、優れた旋回性能とホバリング性能を可能にしています。
これまでの研究では自由流れの(周囲に障害物や壁などがない)条件下での胸びれ単体での力学的特性を分析した例はありましたが、魚の体型や周囲の流れ条件も考慮したcmスケールの小型魚類に関する,胸びれと尾びれの両方を使った泳動作に関する直接的な分析の事例はありませんでした。
そこで木村さんは1年かけてクマノミ亜科の生息環境に類似した据付寸法3.5×2.1㎡のオリジナルの観察用回遊水槽を設計・製作。回遊水槽の中に設けた、流れを起こしながらクマノミ亜科の泳動作を観察できるトンネルの中で、流れの速度(流速)や,トンネルの幅を変えた場合に起きるクマノミ亜科の泳ぎ方の変化を観察しました。さらに行動観察で得られた泳ぎ方の力学的特性について、ひれや身体のかたちの変化を抽出した 3D モデルを用いてCFD解析(Computational Fluid Dynamics;数値流体解析)を実施しました。観察対象は、クマノミ亜科の一種であるスパインチーク・アネモネフィッシュを選択しました。
【回遊水槽による実験でわかったこと】
水槽の中に流れを起こさなかった場合には、スパインチーク・アネモネフィッシュはトンネルの中で左右の胸びれを交互に動かしながら泳ぐ傾向が多く見られましたが、流れが速くなるにつれて尾びれも使っていくような傾向がみられ、水の流速に対してひれの使い方を変えていっている傾向が観察されました。また、泳ごうとする場所にも特徴がありました。また流速(流体の速度)に関わらず、スパインチーク・アネモネフィッシュは、流れが速くトンネルの真ん中を避けて、壁近くを泳ぐ傾向がみられました。トンネルの幅が極端に狭くなった場合には、どこを泳いでも変わらないのか、泳ぐ場所を選ぶ傾向はなくなりました。一般的に、流れに対する物体の抵抗は、周囲の流れの速度の二乗に比例します。さらに、トンネルの中の速度分布は、流体の持つ粘性の影響で発達する境界層というものによって、中央が速くなる性質があります。そこで、トンネルの中の流速が遅くなる位置を選択し、流れから受ける抵抗の低減を図っているのではないかと考えています。幅が狭くなったときには、トンネルの中での流速の分布が、広い場合と比べ変化したため、どこを泳いでも発生する抵抗に違いがなくなり、場所を選ばなくなったのではないかと考えています。
【CFD/数値流体解析の結果】
次に木村さんは、クマノミ亜科が選択的に壁の近くを泳ぐ傾向と、力学的特性の関係を検証するため、トンネルの実際の流速環境を模擬した計算モデルを準備し、CFD解析を行いました。トンネルと同等の断面を持つ計算モデルを構築し、壁の近くに3DCGソフト で作成したスパインチーク・アネモネフィッシュの3Dモデルを配置。泳ぎに対する抗力(流れに対する抵抗)と横力(進行方向に対して直角に働く力)の変化を評価するため、胸びれを左右で1回ずつ開閉する間を1周期とし、これを15分割して、泳ぎのモーションを再現したモデルを作成し、それぞれを計算モデルに順番に設置し定常解析を実施。各モーションにおける抗力と横力を算出し、その変化を評価しました。
胸びれを開くと流れに対する投影面積が多くなり抗力が増加します。壁際と反対にある流路中央に近い胸びれが開くと、壁からスパインチーク・アネモネフィッシュのほうへ働く横力が増え、胸びれが閉じていくに従い、壁に寄る横力が発生しました。スパインチーク・アネモネフィッシュは胸びれを効率的に動かすことにより、抗力に抗しながら、壁面近傍で滞留するため横力を交互に発生させ、姿勢制御を図っている可能性を明らかにできました。
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