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強相関ディラック電子系物質における光誘起相転移を理論的に発見

発表のポイント

・光誘起相転移は国内外で盛んに研究されているが、「強相関ディラック電子系」と呼ばれる、強いクーロン反発力が働くディラック電子系の光誘起相転移については、それを記述する理論的な枠組みが確立していなかった。

・強相関ディラック電子系物質「アルファ型有機塩 α-(BEDT-TTF)2I3 」を使い、どのような光誘起相転移が起こるのかを理論的に解明した。この物質では、2種類の異なる「絶縁体状態」を光照射によって切り替えられることを発見した。

・この現象は、円偏光が持つ2つの異なる性質、つまり振動電磁場により電子を励起・活性化する性質と、系の時間反転対称性を破る性質に起因することが分かり、今後、新たなデバイス機能の開拓や技術に応用されることが期待できる。

金沢工業大学基礎教育部数理・データサイエンス・AI教育課程の田中 康寛(たなか やすひろ)講師および早稲田大学理工学術院の望月 維人(もちづき まさひと)教授は、「相対論的量子力学」に従う「ディラック電子※1」が互いに強く相互作用し合っている「強相関ディラック電子系物質」において、2種類の異なる絶縁体状態を光照射によって切り替えられることを理論的に発見しました。

本研究成果は、アメリカ物理学会発行の『Physical Review Letters』にて、2022年7月18日(月)にオンラインで掲載されました。

図1: 強相関ディラック電子系物質「アルファ型有機塩 α-(BEDT-TTF)2I3」に円偏光レーザーを照射することで、電荷秩序絶縁体とトポロジカル絶縁体という異なる絶縁性状態を自在に切り替えることができる(概念図)。切り替わりのはざまに現れるディラック半金属状態も含めて、3つの電子状態はそれぞれ特徴的なエネルギーバンド構造を持つ。

(1)これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

物質の性質は、その中に含まれる膨大な数の電子が集団としてどのように振る舞うかで決まります。電子同士に強いクーロン反発力が働く物質では、電子がそれぞれの原子、あるいは分子の上に局在して動けなくなり、「モット絶縁体」と呼ばれる絶縁体になることがあります。なかでも、異なる数の局在電子を持つ原子や分子が規則正しく配列し、ある空間パターンを形成しているような特別なモット絶縁体を「電荷秩序絶縁体」と呼びます。この電荷秩序絶縁体に光を照射すると、光の電磁場により電子が活性化され、絶縁体から金属への状態変化が起こることが知られていました。

また、構成元素や結晶構造などの条件が揃うと、ある種の物質中では、相対性理論と量子力学を組み合わせた「相対論的量子力学」に従う「ディラック電子」と呼ばれる特別な電子が現れることがあります。このディラック電子を持つ物質に円偏光※2レーザーを照射すると、電子の運動が位相幾何学に従うことで試料の表面以外が絶縁化する「トポロジカル絶縁体」と呼ばれる特殊な絶縁体になることがあります。

図2: 電荷秩序絶縁体の状態にある強相関ディラック電子系物質「アルファ型有機塩 α-(BEDT-TTF)2I3」に円偏光レーザーを照射した状況の概念図。この物質は、BEDT-TTFと呼ばれる分子が規則的に配列した結晶構造を持つ。光照射前は、電子間に働く強いクーロン反発力により、電子が各分子上に局在し、絶縁体となっている。この絶縁体状態は、局在電子の数が異なるBEDT-TTF分子が規則正しく配列していることから、「電荷秩序絶縁体」と呼ばれる。

このように光照射により物質の状態や性質が変わる現象は「光誘起相転移※3」と呼ばれ、基礎学術の観点だけでなく、新たな電子デバイスの開発といった技術応用の観点からも注目を集めています。近年、光技術の進展とも相まって、世界中の研究者を巻き込んで盛んに研究がおこなわれており、光誘起相転移の理解は進んできました。しかし、「強相関ディラック電子系」と呼ばれる、強いクーロン反発力が働くディラック電子系の光誘起相転移の研究は、それを記述する理論的な枠組みが確立されていないこともあり、ほとんど進んでいませんでした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

今回の研究では、強相関ディラック電子系物質として、アルファ型有機塩 α-(BEDT-TTF)2I3 を例に取り、この物質でどのような光誘起相転移が起こるのかを理論的に解明しようとしました。この物質は、光を照射する前は、電子間に働く強いクーロン反発力によって電荷秩序絶縁体になっています。我々は、強く相互作用するディラック電子の量子力学的な振る舞いを記述するため、「拡張ハバードモデル」と呼ばれる数理モデルを用いて、円偏光レーザーを照射した時のダイナミクスをコンピュータでシミュレーションしました。

さらに、このシミュレーションとフロケ理論※4を組み合わせた新しい理論手法を開発し、光照射下で現れる新しい状態の性質を調べました。

その結果、電荷秩序絶縁体の状態にあるこの物質に、ある強度の円偏光レーザーを照射すると、局在した電子が活性化されて動けるようになり、「ディラック半金属」と呼ばれる金属化したディラック電子系が現れることを見出しました。さらに、レーザー強度を上げていくと、このディラック半金属がトポロジカル絶縁体へ相転移することを発見しました。これらの一連の光誘起相転移はそれぞれ、円偏光レーザーが持つ二つの異なる性質、つまり「振動電磁場により電子を励起・活性化する性質」と「円偏光電磁場により系の時間反転対称性を破る性質」に起因しています。

図3: 理論計算によりに得られた、光照射下の (a) 電荷秩序絶縁体状態、(b) ディラック半金属状態、(c) トポロジカル絶縁体状態にあるアルファ型有機塩α-(BEDT-TTF)2I3のバンド構造。電荷秩序絶縁体状態にあるこの物質に円偏光レーザーを照射し、徐々に光強度を上げていくと、ディラック半金属状態に変化し、さらにトポロジカル絶縁体状態へと相転移を起こす。この一連の相転移は、物質中の電子の運動量とエネルギーの関係(バンド構造)に見ることができる。電荷秩序絶縁体状態では、電子がいるバンド(赤いバンド)といないバンド(緑のバンド)の間にギャップが開いているが、ディラック半金属状態では、これらのバンドが一点で接し、ギャップが閉じる。この時、ディラックコーンと呼ばれる特殊なバンド構造が現れる。さらに、トポロジカル絶縁体状態では、再びギャップが開くが、電子の運動が位相幾何学に従うことで試料表面にのみ表面状態と呼ばれる電気伝導を担うチャネルが存在するため、上下のバンドを結ぶバンド[図(c)の黒い実線]が現れる。ただし、図(c)の表面状態バンドは実際の計算データではなく、概念図。

(3)そのために新しく開発した手法

これまで行われていた自由ディラック電子系(クーロン相互作用が働かないディラック電子系)における光誘起相転移の理論研究では、フロケ理論という理論的枠組みがよく使われてきました。しかし、この理論手法は、そのままでは今回のような相互作用する電子系の研究には使えませんでした。本研究では、電子の実時間ダイナミクスシミュレーションとフロケ理論をハイブリッドさせた新しい理論手法を開発し、強相関ディラック電子系における光誘起相転移の解明に成功しています。

(4)研究の波及効果や社会的影響

今回の研究で明らかになった、電荷秩序絶縁体からディラック半金属、トポロジカル絶縁体への光誘起相転移は、光照射によって固体の電子的な秩序とトポロジカルな性質の両方を同時に操作できる可能性を示したものです。従来、光誘起相転移は、物質の伝導特性や電気的性質、磁気的性質を超高速に操作できる特徴を生かして、新たな電子デバイスへの応用原理として注目されてきました。今回の研究成果から、強相関ディラック電子系物質では、電子間の強い斥力相互作用と電子構造のトポロジーの複合効果により、これまでにない多彩な光誘起相転移が起こることが期待できます。本成果は、新たなトポロジカル電子デバイスの実現に道を開く成果と考えられます。

(5)今後の課題

今回の研究で理論的に発見した強相関ディラック電子系物質における一連の光誘起相転移を、実験的に観測し、検証を行うことが今後の課題です。また、予言された光誘起相転移の性質を「理論」と「実験」の両側面からさらに詳細に調べ、今後のデバイス機能の開拓へ繋げることが重要な課題として挙げられます。

(6)研究者のコメント

本研究は、古くから研究されてきた光誘起相転移の中でも、物質が持つ「電子間相互作用」と「トポロジカルな性質」の両方が現れる稀有な例であり、そこに独自性と新奇性があると考えています。この研究によって、新たなデバイス機能の開拓や技術応用が進展することを期待しています。

(7)用語解説

※1 ディラック電子
相対論的量子力学で記述され、質量がゼロの粒子として振る舞う電子。通常の電子はエネルギーが運動量の2乗に比例するのに対し、ディラック電子はエネルギーが運動量の大きさに比例するという特徴を持つ。

※2 円偏光
光の持つ電場と磁場の振動について、その振動方向が光の進行方向に垂直な面内で回転していて、振幅が一定である光。

※3 光誘起相転移
物質に光を照射することで、結晶構造や電子状態の巨視的変化が起こり、電気的、磁気的、光学的な特性変化が生じる現象。

※4 フロケ理論
数学のフロケ定理に基づき、時間について周期的な外場中の問題を、その周期を用いてフーリエ変換 することで静的な固有値問題に置き換えて解析する理論。

(8)論文情報

雑誌名:Physical Review Letters

論文名:Dynamical phase transitions in the photodriven charge-ordered Dirac-electron system
(光駆動された電荷秩序のあるディラック電子系における動的相転移)

執筆者名(所属機関名):

田中 康寛(金沢工業大学基礎教育部数理・AI・データサイエンス教育課程)

望月 維人(早稲田大学理工学術院先進理工学部応用物理学科)

掲載日:2022年7月18日(月)

掲載URL:https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevLett.129.047402

DOI:10.1103/PhysRevLett.129.047402

(9)研究助成

研究費名:日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C)

研究課題名:円偏光照射による電子系のスピン偏極とスピン依存シフト電流の理論(課題番号:20K03841)

研究代表者名(所属機関名):田中 康寛(金沢工業大学)

研究費名:日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(A)

研究課題名:スキルミオニクス創成に向けた基盤技術と材料の開拓(課題番号:20H00337)

研究代表者名(所属機関名):望月 維人(早稲田大学)

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