
<プログラム解説>
*内容は多少変更する場合があります。ご了承ください。
                                           
■イントロ
出演:タナカノリユキ×下條信輔
[ミもフタもない人間]
テーマ解説でもふれたように、「ヒトはXXに還元できるのではないか」というのが、およそヒトにアプローチする諸科学の基本動機です。分子生物学者や神経生物学者であれば、「ヒトは動物の一種である」のが、問うまでもない大前提でしょう。「ヒトの理性や感性(の少なくとも一部)は機械でも再現できる」と考えていないロボティクスや人工知能の研究者は、いないはずです。
こうした科学の大前提が、世の中の常識や社会制度、人文社会科学系の人間観と乖離を生じている。これが一面の事実です。だが半面で、同じ人文社会科学系でも、たとえば経済学や認知科学は「ヒトは自己の利益を最大にするようにふるまう」という「合理的プレイヤー」モデルを大前提とします。つまり、ヒトは利得モデルに還元できるということです。他方で精神医学の領域は、このはざまで引き裂かれ、苦しんでいるようにも見えます。
政治、経済、医療、文化、アートなど、各方面に顕われたイデオロギーの衰退、大物語の崩壊は、科学の最先端でのこのような葛藤と遠く呼応しているのか、いないのか。後の討論に向けて、問題の輪郭を多角的に掘り下げます。
                                           
■基本レクチャー
出演:内田亮子
[ヒト=暴走した動物]
多少の賢さはあるものの人間ができそこないの動物であるということは、現代社会を生きていれば誰の目にも明らかです。地球規模から個体レベルまで、しかも「コントロール・予測できるはずなのにどうしてこんなことに?」という問題が山積しています。それは約700万年間、人類がそれなりの知恵で目の前の課題に対処し続けた結果です。宇宙には行けても地上は収拾がつかない状態になっており、私たちは途方にくれるしかありません。
動物はそれぞれが独特です。人間という動物の主な特異性は過度な暴走にあるのでしょう。長い時間をかけて進化した身体と心のシステムが、急激に変化した環境の中で不調和をきたし、いくつかの系が独自に暴走することでますます奇妙になっています。皮肉なことに、人間社会が抱える諸問題の対応には「わずかな可能性を信じられる」という、これもまた暴走した心が必須なようです。今回は、人間について進化人類学の立場でみなさんと一緒に考えてみたいと思います。
                                           
■基本レクチャー
出演:國吉康夫
[ヒトの心は身体と環境から創発する]
現代人の多くは、人間の心はヒト脳が生み出すものと考えているでしょう。しかし、脳の高度な可塑性や自己組織的構築を前提とすれば、心の「プログラム」が遺伝子に書き込まれているのではなく、身体・環境相互作用の情報構造が脳と心を形作る、と考えるべきなのです。ヒューマノイドロボットによる全身運動の「ツボ」の研究から、身体・環境間の物理相互作用の中に有意味な情報構造が発生していることが分かっています。また、高次元カオス結合場としての身体性に基づく運動創発の研究では、多自由度ロボットの有意味な運動が一切の事前知識なしに発生し得ることが示されています。これらの原理を踏まえて構成したヒト型胎児の身体・環境・脳神経系の発達シミュレーションでは、生得的プログラムなしに行動や脳機能が創発し発達することが示されます。これら構成論的アプローチにより、人間の心の発生原理を解明し、ロボットで再構成することができると考えています。
                                           
■基本レクチャー
出演:内海 健
[ヒトの心は脳に還元できる、か]
精神科の臨床に携わっていると、世の中がものすごく速いスピードで変遷していることが肌で感じられます。ありていにいうと、近代というエポックが、ついに最終局面にきたと考えざるをえないのです。分裂病は劇的に軽症化し、統合失調症と名を変えました。かつては排除されていた人たちが、今は病名告知・疾病教育・服薬・訓練といった「正しい」医療によって、障害者として囲い込まれることになりました。一昔前なら、なかなか診療に来なかったうつ病の患者さんが、今では初診の予約も取れないほどに増え、さらにはうつ病でない人までが自分はうつ病であると自己診断することさえあります。
統合失調症もうつ病も、時代性を無視しては理解できません。これらの病は超越性と経験性、社会と個人といった近代の制度と深い関わりを持っています。それゆえ病の変遷は、近代そのものの変遷であると考えられるのです。
今回問題にしたいのは、心と脳という二項対立です。巷には脳がわかればすべてが解決されるといった言説が横行しているようです。そして発達障害という心というものがなかなか理解できない、そういった事例が急激に増えています。はたして心は脳に還元されてしまうのでしょうか?今回はこの問題に取り組んでみようと思います。
                                           
■ビデオレクチャー
出演:森岡正博
[無痛化する未来身体]
無痛文明論を説きつつも未来への可能性を諦めない哲学者、森岡正博氏が考える、人間の未来身体とは? 果たしてそのとき、人間の自由意思は存在できるのでしょうか?
                                           
■総括討論
出演:内田亮子×國吉康夫×内海健×タナカノリユキ×下條信輔
[人間の尊厳は崩壊する、か]
「動物種はそれぞれ固有の、独自な進化を遂げる。この意味において人間はまさしく動物の一種に他ならない。この点に、疑問の余地はない」とする、進化人類学の立場。
「ヒトの知性は、その情動的な側面を含めた身体を伴う発達の来歴を外して、理解することはできない。それ故逆に、適切な身体を持ち、社会的感受性と学習に長けたロボットに適切な経験を与えることで、ヒト型知性は原理的には実現できる」とする、構成主義や認知発達ロボティクスの立場。
これに対して、「志向性、他者との関係から理解される以外に心の病理は理解されない。人間の心を脳や物質に還元することなど、金輪際不可能だ」とする、 精神病理学からの、豊富な臨床例に基づく鋭い反論。
これに現代アートと認知神経科学を加え、「家畜化する人類、無痛化する文明への警鐘」を併せれば、まさに役者は出そろいました。現代人の心とからだはどこへ行くのか。今年も徹底討論します。
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