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産学連携プロジェクトを一歩前に進める
フィールド重視のプロトタイピング

今回ご紹介するのは、株式会社 PFUとKITが石川県白山市の里山地域を中心に産学連携で進めているプロジェクト。何もないところから探り、悩み、方向を定め、検証を繰り返す。その試行錯誤しながらも前に進もうとする、そのプロトタイピングのプロセスにも、産学連携ならではな純粋さと広がりを見ることができました。

頭で考えるだけでなく、リアルな声を拾って再検討する

KITと石川県に本社を置く株式会社PFUが進めている産学連携プロジェクトは、ロフトワークも含めたチームでのディスカッションや1ヶ月に渡るリソースリサーチ、アイデアソンを経て、いよいよプロトタイピングの段階を迎えていました。

アイデアソンで導き出された「カーセルフィーサービス」を実現させるため、ドローンを使った撮影の仕組みを開発し、実際に車を走らせて撮影し、CMさながらに編集した動画のプロトタイプも作成しました。実際に、一般の方にご協力いただきながら行う初めてのプロトタイピングは、撮影技術の検証はもちろんのこと、想定しているサービスがビジネスとして成立するのかどうか、その可能性を探ることも狙いのひとつ。PFUが着目した「HAKUSAN CREATIVE BIOTOPE」のコンセプトブックにある「里山エンターティンメント」として、白山麓に訪れる方々にワクワクすることの本質を提供することができるサービスとなり得るのかどうか。その相応しい在り方であるかどうかも、検証の着目ポイントとなりました。

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検証実験に向けて順調に進んでいるかのように思われていたこのプロジェクトですが、ここでひとつの壁にぶつかってしまいます。それは、技術開発と同時に進められていたリサーチでのこと。プロトタイピングに先駆けて、ニーズを把握するために、当初想定ターゲットとして掲げていた車やクラシックカーのコミュニティを調べて話しを聞いてみると、想定していたような撮影ニーズがあるのかどうか、怪しくなってきてしまったのです。

「ターゲットはあくまで仮説だったのですが、ヒアリングしてみた感触的に、そのまま続行するのではなく、一度立ち止まって考え直す必要性を感じました。そこで、プロトタイピングの目的を考え直し、ドローンを使った撮影の仕組みについて、新たな可能性を探る方向にシフトチェンジすることにしたんです」
と、PFUの笠原氏。

他にターゲットになり得るシチュエーションやアクティビティを考え、当初、撮影の対象と考えていた車やオートバイに加えて、セグウェイを体験しているところも撮影してみることにしました。仮説が崩れ、想定していた通りにならなくても、簡単にプロトタイピングを延期にしなかったのは、頭の中で考えるだけでなく、体験するところからユーザー価値を探っていくというデザイン思考が新たなヒントに導いてくれることがあるから。プロトタイピングは、この道で合っているということを確認するためではなく、むしろ、積極的に迷い壁に出会うためのもの。臆することなく失敗する、ということにこのプロセスの本質があるのです。

正しさを確かめるのでなく、可能性を探るための実験検証

プロトタイピングは、KITのキャンバス内で行われました。使用機材は、

  • ・ドローン
  • ・特定の場所に据え置きされたカメラ
  • ・手持ちで移動することができるカメラ

の3種。すべてiPhoneをカメラとして使用しており、「カメラが人を捕らえたら撮影を開始し、人がいなくなったら撮影を停止する」というPFUが独自に開発した自動撮影機能を搭載しています。

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また、検証実験にご協力いただいたのは、

  • ・車 1名
  • ・オートバイ 1名
  • ・セグウェイ 3名

車とオートバイはKITの最寄りにある道の駅でお店をやっている方に、セグウェイはKITのスタッフとインフルエンサーとしてハッカソンに参加していたCIVIL TOKYOのおふたりに、それぞれ声をかけてご協力いただきました。本来なら、多くの人に体験してもらい、声を集めるということも大切です。しかし、初めてのプロトタイピングで優先させたのは、人数よりも丁寧にヒアリングをすることでした。

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車とオートバイで参加してくださった方からは、「まるでテレビの車番組みたい」「自分が車を運転する映像はこれが初めて」とポジティブな反応。また、後日、編集した映像をお見せすると「ちょっと待った」とご家族を呼んで、一緒に映像を楽しんでくださいました。車やオートバイには可能性を感じる一方で、セグウェイの映像に関しては、「セグウェイなどの体験映像をビジネスとして展開するためには、もう少しおもしろさを追求する必要がある」といった厳しいコメントもいただきました。

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今回、初めてのプロトタイピングを振り返って、PFU 笠原氏はこう話してくれました。
「車やオートバイは、自分の愛車と自分自身を旅先の風景を一緒に映像に残す、という明確な意味があります。しかし、セグウェイにはその存在感の強さに頼り過ぎて、この地ならではの体験との紐付けが楽観視されていたことに気づきました。今回の検証実験は、それぞれの価値の本質を事実として捉えるいい機会となりました」

そして、KITの福田氏は、こう話します。
「今回の実験を通じて、創出されたコンテンツのポテンシャルは感じることができました。ただ、参加者に対してビジネスとしての価値を提供するには、何か突き抜けた感動やおもしろさを得られる物語や体験が添えられる必要もあるのではと感じています。次回は、そのあたりもセットされたプロトタイプをPFUさんと共にデザインできればと思っています」

また、この検証実験について、「あらためて自分たちの目的を再確認し、PFUがやる意味を考える機会となった」ともPFU 笠原氏は言います。PFUが掲げていた目標とは、「過疎化しつつある白山という地域にためになること」という大前提の元で、

  • 1.人が外からやってくるサービスにすること
  • 2.そのサービスによって地元に雇用を生むこと

の2つ。現段階ではまだ、主に1にフォーカスが当たっている状態ですが、次の段階では2にも意識を持っていきたいと笠原氏は話します。

「ドローンの撮影というだけなら、PFUがやる意味というのはほとんどない、ということです。クオリティだけを考えるなら、プロのドローンのカメラマンの方が、断然いい絵は撮れるはずです。PFUがこのサービスをやる意味は、iPhoneに搭載した自動撮影技術にあると思っています。これは、今後、そのサービスを地域の人が手がけることを考え、誰でも気軽に操作することができるようにと考えられたものです。しかし、今回の検証実験では、ターゲットの可能性というところに注力してしまったこともあり、自動化の部分を活かしきることができませんでした。次の段階としては、そのあたりも意識しつつ、地域の方にも入っていただきながら、可能性を探っていきたいですね。我々が考えているのは、外部の押し付けではなく、あくまで地方の方が自発的に持続的な社会を築くことができるようなサービス。課題はまだまだ山積みです(笑)」

フィールドが違うから、アイデアも可能性も広がっていく

このプロジェクトは現在も進行中ですが、現時点で、PFUとしてはひとつのサービス開発を産学連携で行なっていることについて、どのように感じているのでしょうか。PFU 笠原氏にお話をうかがいました。

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「もともともの知識やフィールドのちがいがあることによって、アイデアが広がっている感覚は非常に大きいですね。私たちだけで進めると、自分たちの得意なチャネルでの思考に陥りやすい。でも、KITの存在があることによって、しがらみなく、一歩引いたところで考えることができている気がします。新鮮な目で指摘をしていただいたり、失敗をしながら軌道修正を重ねていくということは、開発においてとても大事なことだと思います」

また、KITの福田氏は、このような産学連携のプロジェクトについて、理想的な関係性と今後の展望をこう語ってくれました。

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「今回、我々とPFUさんを引き合わせたのは、イノベーションにおけるデザインの力に大きな可能性を感じていたという共通認識ではないかと思います。そういう気持ちが共有できたからこそ、何度でもディスカッションをし、一見回り道のようなことをしながらも、一緒にゴールを目指していけていると思います。イノベーションを引っ張っていくのは企業ですが、大学はそれにしっかりと寄り添っていきますし、自分ごととしてとらえて意見を出したり動いていく。上下のないフラットな関わり合いだからこそ、一緒に育てていけるものがあるのではないでしょうか。

また、日本の中堅どころの企業や地方の企業は、今後生き残っていくために、変化することが必要かもしれません。そういう時に、どこと手を繋いでいくのかというのは重要なことです。そんな時、大学がパートナーとして、変革していくきっかけになれたり、新しい価値を引き出すことができればいいなと思っています。経済的な合理化を図るためではなく、新たな挑戦をするため、新たな価値を生み出すために、大学はもっと使われるべきだと思うんですよ」

PFUとKITの取り組みは、これからが正念場。プロトタイピングを重ねてターゲットの可能性を探る必要はありそうですし、今後はもっと地域の方たちも巻き込んで、地域の方にサービスを育てていただくことも考えていかなくてはなりません。ゴールも地図もないところからはじまったこのプロジェクトは、プロトタイピングをすることによって、行きたい方向を定め、今いる位置を確認し、少しずつ前に進み出しています。頭の中で考えて紙やパソコンの中でアイデアを広げても、それはまだ歩き出していないことと同じなのかもしれません。大事なのは、模索することも含めてリアルに体験すること。三歩進んで二歩下がることになろうとも、その一歩は大きいものですし、下がった二歩にも価値があります。そして、障害が多ければ多いほど、その道のりはドラマチックです。さぁ、これから、このプロジェクトはどんなふうに展開していくのでしょうか。乞うご期待です。