物質の新しい性質の研究
1903年
アントワヌ・アンリ・ベックレル(1852-1908)
 アントワヌ・ベックレルは、有名な科学者一家の一人で、キュリー夫人の師であり親友でもあった人ですが、当時の多くの科学者がそうであったように、彼もまたX線の発見に大きな刺激を受けた一人でした。レントゲンのこの発見は、陰極線の螢光作用の研究のうちから生れたので、彼は直ちに螢光性物質がその螢光のほかに目に見えない透過性の光線を出していないかどうかを確かめるという研究に着手したのです。
 ベックレルはその父が集めた螢光性物質の素晴しい収集の中から数個の標本を選びだし、螢光を出させるため、あらかじめ太陽光線にあてた上、黒い紙で二重に包んだ写真乾板の上に置きました。もし物質から透過性の光線が出ているなら乾板は黒くなるはずです。特にベックレルの選んだのは、彼が父の成果を引き継いだ研究によって、その螢光性の性質についてよく知っていた硫酸ウランカリウムの結晶でした。現像してみると果して乾板は著しく感光していたのです。ベックレルは結局これは螢光によってX線が発生したものだと考え、この実験を繰り返して行うことにしました。ところが、数週間の間、曇りの日が続いたので、彼は黒紙で二重に包んだ乾板に上記の結晶をのせたまま、引き出しの中にしまっておいたのです。やがて、ベックレルは待ち切れなくなって結果はどうであれ、ともかく乾板を現像して見ることにしました。なんと乾板は彼の予想を裏切ってすでに著しく感光していたのです。この現象についてベックレルはこの透過性の放射は太陽の光による螢光や励起によって生ずるものでなくて、ウランという物質それ自身から自発的に放出されるものであると結論したのでした。
 ベックレルは更に、後にキュリー夫人によって放射能と名付けられたこの現象について研究を進め、この放射線が帯電体を放電させたり、空気をイオン化し、磁場中で曲げられることなどが明らかにしました。それだからベックレルはこの放射線は実は電子線(β線)から出来ているということを示唆したことになります。このことは原子の内部構造を初めて示したものとして大きな意義を持っています。本書は放射能に関するベックレルの初期の研究を集成したもので、その初めの部分に上に述べた放射能の研究の業績すべてが含まれています。彼は、1903年にキュリー夫妻と共同で放射能の研究に関してノーベル賞を贈られたのでした。