計量法
1525年
アルブレヒト・デューラー(1471-1528)
 デューラーはもちろん、ドイツ・ルネサンス最大の画家として有名ですが、同時にまた、当時のヨーロッパの第一線級の数学者でもあったことは余り知られていません。彼は15才の頃から絵画、銅版画、木版画を学び始め、19才の時に、画家組合(ギルド)の取り決めに従って、南ドイツやスイスのバーゼル、フランスのストラスブール等へ、下図書きや製図工をして働きながら学ぶ修行の旅に出ました。その時にイタリア・ルネサンスの美術に親しみ、大きな影響を受けましたが、そのひとつに、絵画は数学にーとりわけ正確な形を決める為の幾何学、美しい形をととのえる為の比例理論に基かねばならないという確信を持ったことがあげられます。そのため、彼はイタリアへ行って学ぶことを決心し、1495年から1496年にかけてと、1505年から1507年にかけてとの2回、ヴェニスに滞在して勉強しました。二度目の滞在は、ダ・ヴィンチの友人で、会計学の始祖であり、芸術に於ける比例理論の研究者であったルカ・パチョーリの教えを受けるためであった事はほぼ確実です。
彼はユークリッド幾何学(タキヌス版のユークッド「原論(1505年)」をこの頃買い求めています)、ウィトルウィウス「建築十書」やアルベルティの「建築十書」にあらわれる比例理論、ボエティウスやアウグスチヌスの音楽調和理論等を研究し、徐々に彼自身の、正確で美しい形態を構成する為の数学理論、人体比例論や透視図法、立体幾何学等を発展させて行きました。この頃の彼の研究ノートの断片がロンドン、ニュルンベルグやドレスデンに保存されています。  1521年、オランダを旅してマラリアにかかったデューラーは、それ以降の病気療養期に「比例理論」と題する本の執筆と出版に主として専念し、1523年に原稿の完成を見たのですが、執筆の過程で、この理論をより完全にする為には、もっと基礎的な数学的検討が必要だと考え、1524年から1525年にかけて、その研究を行い、完成すると直ちに、彼の工房でそれを印刷し、出版しました。これが本書です。この書物は4部から成り、第1部ではアルキメデスらせん、対数らせん、正弦らせん、コンコイド曲線やヘリックス等の各種平面曲線や円錐曲線等の作図法を述べ、第2部では、多角形の作図法とその建築装飾への応用、取り尽し法による円面積のウィトルウィウス的近似法、また円周率πを計算して、3.141 の値を与えています。第3部は四角錐、円筒、様々な種類の円柱等の立体を扱い、また日時計や天文観測用の機材の考察、文字のデザインと作図(レタリング)について述べ、第4部には、プラトン立体、アルキメデス立体、球、またそれ等を混合した立体、デリアン問題として知られる立方体の複製問題、さまざまの立体に光があたった時の影の作図法、透視図法の概要について記しています。
 本書はデューラーの最初の出版であるばかりでなく、ドイツ人自身の手による最初の数学書の出版であり、内容の高度さと相まって、デューラーは画家としてばかりでなく数学者としての名声を獲得したのです。また、デューラーのこの仕事は、後の射影幾何学の発達の基礎をなしたのでした。