ホーム > 事例紹介

講演

京都市立京都工学院高校 校長 砂田 浩彰

京都工学院高校の砂田です。本日はまず京都市が取り組んできた工業高校の改革についてお伝えし、それを受けて誕生した本校がどんな人材を育成しようとしているかをご紹介します。PBLを実施してきた3年間の成果について、今後の課題を含めて振り返ったあと、その授業に取り組んできた生徒たちの発表をぜひ聞いていただければと思います。

主体的な学びを追求する「工学系高校」

かつて京都市には、洛陽工業高校と伏見工業高校という2校の伝統ある工業高校があり、市が市立高校の教育改革を進める中で、両校を統合・再編する方針が持ち上がりました。平成19年度に将来構想委員会が設置されると、平成25年には両校に替わって、新たな工学系高校を置くことが正式に決定しました。そうした流れを受けて、平成28年に開校したのが京都工学院高校です。

図を拡大する 図を拡大する

以前の京都市では、工業高校は「勉強嫌いでも就職させてもらえる学校」や「普通科に行けない生徒が通う学校」とのイメージを持たれていました。そこで、従来の「工業高校」のイメージから脱却するために、本校の設立にあたっては、戦略的に「工学系高校」という表現を用いました。社会の変化に柔軟に対応し、斬新な発想力や想像力を持って、チームで新しい価値を生み出す学校づくりを掲げました。開校から5年目の区切りを迎えるにあたって、本校がどのような改革に取り組んできたかをご説明したいと思います。

図を拡大する

まず本校が目指す教育の方向性は、一方的な教え込みから生徒たちが主体的に学ぶ環境に変えていくことです。近年の文部科学省が「主体的・対話的で深い学び」と表現している、いわゆるアクティブ・ラーニングの組織的な導入に踏み出しました。加えて、本校ならではの教育の特色を作ることを考えて、課題発見解決型学習に着目しました。PBLと呼ばれるこの分野に先進的に取り組み、プロジェクトデザイン教育を展開されてきたのが金沢工業大学です。私は本校の開校前に京都で開かれた教育研修会で金沢工大の先生方のお話をうかがって、PBLが学生の成長や社会貢献につながる教育方法であることを実感しました。金沢工大の事例を参考にしながら、アクティブ・ラーニングとプロジェクト型学習を2本柱として、教育プログラムを構築していきました。

図を拡大する

学科は2つ設けました。1つは大学進学希望者に対応しながら、工学的な授業も盛り込んで、普通科の理系学科とは一味違う工業高校の理系学科として組織したフロンティア理数科です。もう1つ、従来の工業科を継承したプロジェクト工学科は、まちづくり分野とものづくり分野の2つのカテゴリに分けました。入学を考える中学生が選びやすく、将来の仕事をイメージできる名称にしました。

図を拡大する

本校の強みを考えたとき、工業高校を継承する学校としては、やはりアイデアをカタチにできる授業内容は魅力です。普通科にはないアドバンテージとして大きく打ち出すことにしました。大学入学共通テストは実施前にさまざまな問題が指摘されてはいますが、そこで求められる思考力や判断力、表現力といった力を身に付けられる教育プログラムも編成しています。そうしたカリキュラムの柱としては、科学技術や工学、数学を重視するSTEMにArt(芸術)を加えた教育モデルに、PBLであるプロジェクトゼミを展開しています。本校の代名詞として、「プロゼミ」を認知していただくことを目指します。
さらに教育目標は、地場産業やベンチャー企業が活発な京都の土地柄を意識して、「豊かな人間性、確かな技術を身につけ、京都から社会の発展と人類の幸福に貢献できる人材を育成する」と掲げました。京都の産業や文化、風土に根差した人材育成の姿勢を強調しています。

社会が求める力を養う教育の仕掛け

経済産業省の意識調査で興味深い結果が出ています。企業の人事担当者は学生に対して、主体性やコミュニケーション力、粘り強さといった能力を求めている。しかし、学生のほうは語学力や専門知識、PCスキルなどのほうが重要だと思っている。学生側の認識も決して間違いではないはずですが、おそらく企業の方々は、それらの技能や能力は、社会人になってからでも十分育てられるから、反対に企業では育てにくい主体性やコミュニケーション力などを学生に求めるのではないでしょうか。

図を拡大する

そうした能力が求められる社会の流れを考えたとき、やはり、これからの教育では「学び続けられる人」を育てて、「自ら課題を発見し、主体的に解決していく力」を身に付けさせることが求められると思っています。

図を拡大する 図を拡大する

本校ではSTEM+Art教育によって、関連性の深い分野を一体的に学ぶことで、生徒の柔軟な発想力や問題解決力を育てながら、プロジェクトゼミを通じて実践的な課題に挑戦させます。従来の工業高校における課題研究は、学科やコース単位で教員主導で行われてきました。もちろん、その方法でも素晴らしい成果は生み出されているのですが、本校においては、学科や工業分野の枠を超えた分野横断型のチーム編成で、生徒たち自らが課題を粘り強く発見し、アイデアと技術を結集して取り組んでいく方式にしました。「全教員でつけたい力を明確に」共有することも重要ですが、担当教員の数が多いこともあって、まだ発展途上です。先生方にもご苦労いただきながら、生徒が主体的に学ぶ教育の確立に努めています。

図を拡大する 図を拡大する

社会ともつながる教育環境を目指して、JAXA宇宙教育センターと連携しました。京都市教育委員会が同センターとの連携協定を結び、本校はその協定による「宇宙航空教育の推進モデル校」に指定されています。この連携によって、JAXAの研究員が設定した課題に1年生のグループが取り組むプロジェクト教育などを実施しています。
ICT教育の推進のために、全教室にWi-Fi環境も整備していただきました。生徒には1人に1台タブレットを購入してもらって、ロイロノートやClassiなどの授業支援ツールの活用を目指しています。教員の中にはなかなか活用し切れていないかたもいらっしゃいますが、「使えるところから、少しずつやっていきましょう」と伝えています。生徒のほうがはるかに早く使いこなしていますね。

学年を追って進化する「プロジェクトゼミ」

本校のPBLの核であるプロジェクトゼミについてご説明します。

図を拡大する

1年生の「プロジェクトZERO」はまだそれほど専門性のない「総合的な探究の時間」として、クラスごとに行っています。2年生の「プロジェクトゼミⅠ」は学科分野の枠を越えて、同学年の240名全員が参加します。木曜日の5~7時間目を使い、40名近い教員が担当する大規模な授業です。3年生では、プロジェクト工学科の生徒は「プロジェクトゼミⅡ」、フロンティア理数科の生徒は「フロンティアゼミ」として実施します。
これらのPBLを展開するために、授業担当教員は1年生が21名、2年生は38名、3年生は31名を配置しています。目標と授業内容の立案は以前は企画推進部が担っていましたが、現在はそこから広報関係の部署を分離した研究部が担当しています。研究部長を中心として、ZERO、ゼミⅠ、ゼミⅡの運営担当者を決めて、担当者会議を組織していますが、運営体制については、まだまだ改善に努めているところです。

図を拡大する

具体的な授業内容をご紹介します。1年生の前期では、まずグループワークの手法を学びます。生徒にさまざまなテーマを与えて、グループでの課題解決に用いる手法の数々を体験してもらいます。それを踏まえて、後期はJAXAからのミッションに挑みます。教員にも宇宙工学の専門家はいないため、生徒と一緒になって考えながらサポートしています。生徒による研究発表会には、毎年JAXAの研究員の方々から講評をいただいていますが、その評価も年々高まっていると感じます。
2年生では7つのプロジェクトテーマに基づいて課題に取り組みます。教員は工業科だけでなく普通科からも参加して、自分の専門分野以外のテーマでも生徒たちの活動を支えてもらっています。先生方のご苦労に感謝しています。3年生では学科ごとに分かれることもあり、工業科の教員だけで担当しています。

図を拡大する

2年生の「プロジェクトゼミⅠ」における1年間のスケジュールを見てみましょう。ガイダンスのあと、4~7人ぐらいでPJ班を決めて、班の中で課題を洗い出して、共有します。最終的なアプローチテーマも自分たちで決めて、その改善策を考えて、具現化していくという流れです。
今年は秋の中間発表の際に、初めて生徒グループによるポスターセッションを実施しました。これが発表会を観覧した中学生や保護者からも好評だったので、2月の最終発表会でも同様のポスターセッションを開いたところ、約1000人ほどが訪れました。さまざまな来場者に対して、ポスターにまとめた研究結果を説明した経験は、生徒たちには伝え方の訓練にもなったことでしょう。

図を拡大する 図を拡大する
図を拡大する

プロジェクトゼミの評価には、ルーブリックを用いました。本校で作成したルーブリックは、個々の内容項目をあまり細かくせず、学年が上がるごとに評価基準を挙げることにしました。評価する能力は生徒たちにも分かりやすいように、「かかわる力」「学ぶ力」「伝える力」「見つめる力」の4つとしました。それぞれの能力に対して、1学期末までにB、2学期末でA、3学期でSを目指すように目標を提示しています。ルーブリックの文章は、到達度が上がるにつれて、同じ文章の修飾語だけを増やすようなことはやめようと決めて作成しました。
ルーブリックの運用にあたっては、生徒に7月、12月、2月と学期末ごとに、授業を振り返っての自己評価シートを作ってもらいます。そこでルーブリックに基づいた自己評価を行い、そのあとで教員からも評価します。自己評価シートの内容はClassiを使って、リアルタイムに内容を反映しながら、ポートフォリオ的に残しています。

図を拡大する 図を拡大する

この図は今年の2学期末における教員評価ですが、生徒の4つの力に対して、例えば、「かかわる力」では、7割近くの生徒をSまたはAと評価しています。教員も生徒たちが着実に成長していることを感じているようです。
生徒の自己評価と比較してみると、その次の表において、黄色い枠の部分は教員の評価よりも自己評価が高い生徒の人数であり、自己評価が低い生徒よりも多くなっています。これに関しては、自己肯定感の強い生徒が集まっているか、あるいは、まだ自分に対する振り返りが甘いと解釈することもできるでしょう。ただ、2段階以上の評価のずれは全体の約4%に過ぎず、教員と生徒の間で評価基準の理解に大きな差はないことが分かります。ルーブリックによる評価には十分な信頼性があると感じています。

失敗や挫折が生徒を成長させる

自分の考えで動かなければならないPBLでは、生徒はさまざまな失敗をします。小さな挫折も数多く経験することでしょう。ただ、それを高校時代に経験しておけば、いざ大学や社会に出たときに、似た環境に放り込まれても、とまどわずに済むのではないかと考えています。このあと生徒たちが発表する成果物についても、専門分野の皆さんから見れば、まだ物足りないものかもしれません。しかし生徒たちが一から準備して、自分たちの力で試行錯誤しながら作り上げたことは、何よりも素晴らしい成果だと思います。

本日、私が皆さんと共有したかったことは、本校のような専門高校には普通科にはない輝きがいっぱいあって、PBLとして取り組む課題研究は、教育改革の最先端を行く取り組みだろうということです。教育がこれからの時代に身に付けさせる力とは、やはり社会や企業が何を考え、何を求めているかを抜きにしては考えられません。世の中の流れを敏感に察知しながら、今後の教育課程に反映させていくつもりです。
さらに、ほかの大学や企業などとも幅広くつながって、新たな挑戦に向かって一歩前に踏み出せるような環境づくりができれば幸いです。生徒の発表をお聞きいただいて、彼らがどのようなことを考えながら、課題解決に取り組んできたかを感じていただければと思います。ありがとうございました。

>> 2020AP事業ページへ <<