熱力学
1864年
ルドルフ・クラウジウス(1822-1888)
 クラウジウスはベルリン大学に学びハレ大学で学位をとった後は、ベルリンの砲術工科大学の物理学教授を振り出しにチューリッヒ大学、ヴェルツブルグ大学、そして最終的にボン大学とドイツ語圏の各大学を歴任した数理物理学者でした。彼は複雑な現象から本質的事実を抽出し、次いでそれらの関係を説明するのにふさわしい方程式を見出し適用するという方法に優れた能力を持っていました。
 彼は「熱力学の第2法則」の発見者(この法則はクラウジウスとは独立にケルヴィン卿トムソンによっても発見されています)として有名ですが、彼のこの発見は、カルノの考えた理想的(現実には存在できない)熱-仕事循環系、カルノー・サイクルの考えの中に示唆された熱エネルギー保存則と、力学的仕事の熱理論とを統一しようとする試みから生まれたものでした。1850年にこの問題の検討から「熱はひとりでに温度の低い物体から高い物体へは移動しない」という第2法則を提示し1845年にその数学的定式化を与えました。このことはエネルギー保存則にもかかわらず、例えば水1kgの温度を1℃下げることによって4.2 Kジュールの熱エネルギーを取り出すという様な事の不可能性を、したがって熱-仕事変換の不可逆性を証明したものです。
 1865年には、彼の命名による重要な「エントロピー」という概念を熱力学に導入しました。
 エントロピーはある熱-仕事系に於ける熱の損失( 温度低下) を絶対温度Kで割った値で与えられ、カルノ・サイクルの様な理想的可逆系では、熱損失なしですからゼロですが、現実の熱ー仕事系はすべて上にあげた熱力学の第二法則による不可逆系ですから、熱損失がありエントロピーはプラスの価をとります。したがってこの系が運動を続ける限りエントロピーは蓄積し増大します。ところで宇宙に於ける物体の運動はすべてこの不可能系なのですから宇宙全体としてはエントロピーの総量は常に増大し続ける事になります。クラウジウスによれば、宇宙全体のエネルギー(熱)が一定であるとすれば、したがっていつかエントロピーは最大となり、宇宙全体のエネルギーはゼロになり平衡状態に達します。いわゆる宇宙の「熱的死」がおとずれるという事になります。論理的にはそうですが、地球上の局所的な現象について妥当するこの概念が、宇宙全体の様な膨大な現象にも妥当するかどうかは、現在でも学者によって意見の分かれるところです。
 それ故、エントロピーはエネルギー(熱)の入手可能性の指標とも言え、エントロピーの増大はその入手可能性の減少をも意味する訳です。また、これはある秩序だった系が、エネルギー損失によって、徐々に無秩序化し、崩壊して行く、その無秩序の増大をあらわす指標とも考えられます。人間の様な生物体もまた、ひとつの閉じられた熱-仕事系と考えられ、生きて活動している限り、その系内でのエントロピーは増大します。したがって、食物等を取って、いわばマイナスのエントロピーを外から補給してやる必要がある事になるのです。
 クラウジウスはこの様に熱力学の全体システムを確立し、物理学の基本法則としての熱力学第2法則、基本概念としてのエントロピーということを発見した訳ですが、上に述べた様な研究経過の全論文を収録して本書を刊行しました。本書は熱力学の基本書、古典となったのです。クラウジウスはこの他、電気科学の分野に於いて、溶液の中に溶けた物質はイオン化するということの発見、電気力学では二個の運動する電子問題に働く力の理論解析-後にこれはローレンツによって利用されました-等の業績をあげ、気体力学の分野でも業績を残しています。