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Cavendish, Henry.(1731-1810)
Experiments on air
London, 1784 and 1785, First edition.

キャヴェンディッシュ (1731-1810)
空気に関する実験
ロンドン, 1784及び1785年, 初版.

 キャヴェンディッシュはイギリスの大貴族で、ケンブリッジ大学を1853年に卒業した後は何の職業もつかず、相続した莫大な財産の一部を用いて、ロンドンに専用の図書館をつくって、唯一彼が愛していたもの、自然科学の研究に没頭したのでした。彼は極めつきの変人で、他人と会って話すのを極端に嫌い、自分の家の召使とも、紙に書いたメモを交換して指示を与え報告を受けていました。とりわけ女性を嫌い、メイドが自分の目に入る処にいることを禁じ、家の中でたまたま会ってしまったメイドは直ちに解雇してしまう程極端でした。従って会合に出る事もなく、出たとすれば、それは王立協会等での科学者たちの会合のみで、それすら稀なことでした。彼にとっての科学研究は、全く自分の楽しみの為だけのものであって、重要な発見をしても、自分の好奇心が満足させられればそれで良く、結果を積極的に公表しようとはしませんでした。例えば、電気学の分野で、後に「クーロンの法則」や「オームの法則」と呼ばれた法則も、ほぼそれに近いものを発見していたのですが、その事実はキャヴェンディッシュの死後 100年近くも経って、彼の遺した膨大なメモやノートの内、電気学研究関係のものをマクスウェルが編集して出版するまでは全く知られていなかったのです。もし結果がキャヴェンディッシュの生前に発表されていれば、その後電気学の展開も随分違っていたものになっていただろうと考えられます。
 彼は化学の研究も好んで行い、幸いにも、この方面での成果は幾つか論文にして公表したのですが、その内最大のものが本論文です。既に1776年に彼は、空気を分析して引火性の気体と不燃性の気体とに分離し、また鉄その他の金属に酸を反応させて、同様の「可燃性空気」を作り出していました。この「可燃性空気」は後にラヴォアンジェによって水素と名付けられ、キャヴェンディッシュは水素の発見者となったのでした。本論文で彼は更にこの研究を進め、空気中には当時プリーストリーが発見して「脱フロギストン空気」と呼ばれていた酸素と窒素が1:4の割合で存在する事を示しました。気体の体積と重さを測定し、密度という概念を提示したのは彼が最初でした。また、プリーストリーは友人を驚かす為に、空気と可燃性空気の混合気に電気スパークを飛ばして爆発させる遊びを試み、その際、容器の壁にしずくが生じている事を見付けていましたが、キャヴェンディッシュはこの実験を「脱フロギストン空気」と「可燃性空気」の混合気に替え、もっと大規模にして追試し、出来た液体を徹底的に分析し、それが普通の水である事を確かめました。こうして当時元素であると考えられていた水は、実は酸素と水素の化合物であることを発見し、それ等が1:2の重量比で化合している事を明らかにしたのです。
 この他、1798年に発見した論文では、糸のねじれを利用したバランスばかりと大小の球を用いて、この球の間に働く引力を測定し、ニュートンの方程式から万有引力定数Gを求め、それによって地球の質量、密度を算出しています。
 キャヴェンディッシュは研究費、生活費を充分まかなえるだけの利子収入を得ていたので、彼の財産はほとんど手付かずで残され、遺族は彼を記念してキャヴェンディッシュ研究所をケンブリッジ大学に寄付しましたが、この研究所は、後、マクスウェル、トムソン、ラザフォード等が所長をつとめ、世界で最も生産的な研究所となったのでした。
 

金沢工業大学ライブラリーセンター所蔵