環境マインド醸成プロジェクト‐3年間の総括

成熟期のものづくりを担う、環境マインドを持ったエンジニアを育成

金沢工業大学 環境・建築学部長 建築学科担当 水野一郎教授/「環境にやさしいまちづくりプロジェクト(月見光路)」担当 環境・建築学部建築系 建築都市デザイン学科担当 川﨑寧史准教授/「アルミハウス・プロジェクト」「RDA (Re-Design Apartment)プロジェクト」「AYAYA-KAYAプロジェクト」担当 環境・建築学部建築系 建築学科担当 宮下智裕准教授/「環境にやさしいまちづくりプロジェクト(月見光路)」「空間情報プロジェクト」担当 環境・建築学部建築系 建築学科担当 下川雄一准教授

2009年から取り組んできた「KIT環境マインド」醸成プロジェクトは、2011年に最終年を迎えました。地域、企業と交流しながら実践的に学ぶことで学生に芽生えた環境マインドとはどのようなものだったのか、未来へどうつながっていくのか。
プロジェクトに取り組んだ教員が3年間の総括と展望を語ります。

北陸という豊かなフィールドで環境マインドを醸成

‐環境マインド醸成プロジェクトにおいて、教育上工夫された点とその効果を教えてください。

川﨑 「月見光路」のねらいは、肌で環境の素晴らしさを感じてもらうこと。夜の町に明かりがともれば、住民は自宅の明かりを消して町へと出かけます。夏に集う人は浴衣や甚平を着て、手には団扇を持ってくる。このスタイルはいわば‘クール・ビズ’ですよね。夜風が気持ちよく、月や星がきれいなことを実感すれば、クーラーの効いた部屋にいるより、もっと快適なものが外にあることに気づきます。難しい議論をするのではなく、学生と住民が一緒になって省エネルギー的に自然空間を楽しむことが、環境を考えることの第一歩だと考えました。

下川雄一准教授

下川 「月見光路」のオブジェ制作には自然素材を利用するなど環境に配慮しましたが、ベースになるのはやはり‘環境をどう楽しむか’ということ。金沢には都市的な美しさ、能登には自然の美しさがあり、土地の魅力を生かしたオブジェ作りが大切です。学生には地元の方と一緒に楽しみながら、それぞれの風景に合った明かり作り、その先にある地域作りについて考えてもらいました。「空間情報プロジェクト」ではレーザー計測という新しい技術を活用し、伝統的な建築物の改修工事や、歴史的な町並みの環境アーカイブを行いました。建築・土木の世界では建築物単体に注目しがち。学生は空間情報を学ぶことで、大きな視野で環境をとらえるという姿勢が身についたと思います。

宮下 学びのフィールドとなる北陸は、山から中山間、里、農村、都市、海までが連動し、人間の営みはその一部でしかない。環境マインドの醸成には、‘人間は環境の一部であること’を学生にイメージさせることが大切です。「アルミハウス・プロジェクト」では北陸の主要産業であるアルミを使用し、その可能性を探究しました。学生の企画から生まれた「ATATA-KAYA」では自然の恵みを循環させることをデザインし、「RDA」では単に建物をリノベーションするのではなく、地域社会や暮らし方も含めてデザインすることを学んでいます。これらは産業界や地域社会と交流したからこその効果だと感じています。

水野 これまで建築・土木の目標は「いかに人間を幸せにするか、社会を元気にするか」ということでしたが、そこに環境への配慮という要素が加わるようになりました。社会全体において環境への注目が高まり、ソフトの面でいえば江戸時代のエコマインドが見直されています。江戸時代の日本は輸入ゼロで地産地消が基本。リサイクル、リフォームが根づいており、まさにエコ社会だったわけです。しかし、現代と江戸時代では環境が激変しており、昔のエコマインドを応用させるにはサイエンスというハードが必要です。金沢工業大学だけを見ても、建築、環境土木、電気、機械、情報などあらゆる分野が環境に注目し、ハードを整えようとしています。
昔ながらのエコマインドとそれを現代社会で具現化するサイエンスがあれば、あとは舞台が必要。文化的な蓄積があり、自然環境にも恵まれた北陸は最高のフィールドです。学生は地域社会という舞台へ飛び出すことによって環境マインドとサイエンスを結びつけ、自分たちなりに展開させることができたのではないでしょうか。

我慢するのではなく、豊かに楽しく環境を考える

‐プロジェクトを終えて、学生の意識はどう変わりましたか?

水野一郎教授

水野 緑を使った建築の設計が増えましたね。例えば、建物を2重構造にし、中間領域で熱や騒音をシャットアウトしたり、緑を入れたり。いわゆるダブルスキン構造の設計です。そういう点で考えると、今回、もっと自然の中に出ていく機会を増やしても良かったかなとも感じています。実は、1年生に犀川の源流から下流まで歩いてもらい、自然を感じた上で工学を勉強してもらおうという構想もありました。いわゆるフィールド学ですね。

川﨑 今は学校でも環境教育をやっているせいか、子どもも環境問題に非常に詳しいです。しかし、少しおかしいと感じるのは「環境を守る=セーブすること」だと思っていること。私は環境を守ることはセーブすることではなく、有効にエネルギーを使うことだと考えています。学生は「月見光路」で豊かな時間を過ごすことで、エネルギーをセーブすることから有効に使うことへ考え方をシフトできたのではないかと思います。

宮下 確かにそうですね。環境に配慮することは、決して我慢することではない。人間を取り巻く環境を理解し、それを豊かにキープしていくこと、環境の中で生かされていることを意識することが環境マインドだと思います。それには水野先生がおっしゃるフィールド学は有効ですよね。学生は本プロジェクトで、地域、企業と交流しながら、少なからずそういった環境マインドは育てることができたと思います。学生に、環境マインドのタネを芽生えさせたのがこれまでの3年間ではないでしょうか。

下川 「空間情報プロジェクト」では建築と土木が合同ゼミを行いましたが、建築の学生は土台に土木の情報処理技術、インフラ技術があってこそ、建築計画はスムーズに進んでいくということを実感したと思います。学科の垣根を取り払った交流には、学科内だけで行う研究とは違った視点での気づきがあるのではないでしょうか。

外部との交流から生まれる学びのリアリティ

‐本プロジェクトの特徴として「地域、企業との連携」が挙げられます。外部との交流によって得られた効果は何だと思いますか?

川﨑寧史准教授

川﨑 「月見光路」では地域の幼稚園児や小学生と一緒にオブジェをつくり、展示されている時間を一緒に過ごしました。このイベントが子どもたちの心に楽しい思い出として残ってくれれば、環境を大切にしようという気持ちに結びつくでしょう。

宮下 産学連携にしても、地域連携にしても、交流する相手を深く理解することで愛着がわいてきます。例えば、自分が住んでいる町の成り立ちや住民を理解すれば自然と愛着がわき、‘学校に近いから住んでいる町’から‘マイホームタウン’になります。そんな気持ちを持ちながら、建築や町づくりをすると結果が全く違ってきます。他にも自然への愛着だったり、郷土愛だったり。

川﨑 要するに環境とは自分も含めたもの。環境の中で自分の営みがどう作用し、作用されていくかという感覚を持つことが大切ですよね。

宮下 今の学生は環境問題を第三者的なスタンスでとらえている場合が多い。自分も環境の一部で当事者であることを理解することが、プロジェクトの原点だと思います。

‐産業界との連携では、どのような効果がありましたか?

宮下 今は法規制などから、企業は環境問題に必死に取り組まなきゃいけない時代。環境を加味した製品づくり、活動が求められています。そんな企業の真剣さを目の当たりにすることは、学生の意識改革につながったはずです。

水野 高度成長期は人間の幸せや効率性が優勢され、使い捨てのものが多く作られましたが、人口が減り続け縮小社会に移行している現代、環境に考慮した長寿命な商品づくりが主流となっています。つまり、企業のものづくりは成長期から成熟期に入り、その流れを作ったのが環境マインド。デザイン性で差をつけるというのも成熟期のものづくりの特徴でしょう。

‐成熟期に求められる技術者の素養とはどんなものでしょう?

下川 今までの土木というと、道路や河川を造成するハードなイメージがありました。しかし、そんなイメージの時代は過ぎ去り、今や「空間情報技術」を生かす最先端分野です。そんな状況自体、日本のものづくりが成熟期に入ったことを表しているのでしょう。空間情報でいうと、スマートフォンが急速に普及し、機能も向上しています。そういった既にある成熟したシステムをいかに活用し、スマートに享受していくかも成熟期の技術者にもとめられている素養だと思います。

成熟期のものづくりには‘遊び心’も大切

‐事業としては最終年ですが、これからも発展的に継続していく本プロジェクト。これからの展望を教えてください。

宮下智裕准教授

宮下 建築分野も今まさに成熟期。新しいものを作る時代からリユースする時代に入り、我々はソフトを使って建築をうまく使い続けることを提案しなきゃいけない。アパートをデザインする場合も部屋の造りだけじゃなく、そこから生まれる人の営みもデザインする必要があります。例えば、昔、ときわ荘というアパートがありましたが、あの場所に漫画家が集まったのは建物が魅力的だったからじゃなく、そこでの活動が魅力的だったから。つまり、住む人の活動も含めてデザインできれば居住空間に個性的な吸引力を持たせることができます。いずれのプロジェクトも、人のアクションまでもデザインするという発想で、さらに発展できればと思います。

川﨑 金沢は文化水準が高い土地。伝統工芸や芸能、食文化など、金沢ならではの魅力を縫合するようなプロジェクトにし、地域の方と一緒に取り組んでいきたいですね。学生には自分たちの情熱で、より豊かな金沢を作っていくという意識を持ってもらい、それを誇りにしてもらえばと思います。将来、就職し違う土地へ行っても、金沢で身につけた高い美意識とセンスをベースに活躍してもらいたい。

下川 「月見光路」と「空間情報」両方に携わっている立場から、今回この場にはいらっしゃいませんが徳永教授が中心となって構築した「拡張現実」の話をします。現実都市と仮想都市を融合させる拡張現実というシステムを利用し、「月見光路」は現実とバーチャルな世界をリンクさせながら楽しめるようになりました。この例のように、これからもっと金沢に住んでいること、金沢らしい文化を空間情報技術と結びつけていきたいですね。そうすることで学生にとって、もっと楽しいプロジェクトになると思います。

水野 成熟期にものづくりを行う技術者を育成するには、地域社会や企業と交流することで学びにリアリティを持たせることが大切です。実際に木を切ったことも、打ったこともない学生に木の文化について話をしても、現実味がなく伝わらない。自然の中に入り、木を体感することで学びに実感がわき、それが環境マインドにつながっていきます。さらにもうひとつ大切なのが‘遊び心’。明治維新以降、日本人はまじめになりすぎた感があります。まじめすぎるものには人は寄ってこないけど、遊びが中心なら人が自然と集まってくる。つまり、いろいろな人とのコラボーレーションが可能になります。そんなことを加味しながらプロジェクトを発展させ、継続していければと思います。