基本レクチャー
[ 情動戦略やりすぎの果てに ]

田中宇
(国際ジャーナリスト / 国際情勢解説者 / アメリカ覇権分析)


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田中宇です、よろしくお願いします。あ、今日は嘘発見器をつけなくちゃいけないんですね、ちょっとお待ちください。この装置、アメリカのチェイニー元副大統領は絶対につけなかったっていう話です。アヤシイですよね(笑)。
今日は『情動戦略やりすぎの果てに』というテーマでお話をするわけですが、情動戦略というのは僕のボキャブラリーで言うと、“プロパガンダ”とか“国防総省によるメディア支配”といったことになるわけです。9.11はビン・ラディンじゃなくて、やらせたんだろう、といった話ですね。でも今回はさっきの下條さんとタナカさんの話を受けて、ちょっと別のサイドからお話したいと思います。
情動戦略は誰が仕掛けるのか。というわけで、無事に嘘発見器も装着し終えたので、本論に入りたいと思います。
まず国際政治において、情動戦略を仕掛けているのは誰かという問題。それはアメリカの軍事産業だろうと思うわけです。それは9.11に限らず、冷戦という有事体制を4 0 年間も維持しつづけたほどの情動戦略巧者です。彼らはソ連という仮想敵国を作ることで、それをやり遂げた。ただ国連安保理の常任理事国には、その敵国であるソ連、今はロシアですが、や中華人民共和国が入っている。そこを見るとわかるのは、国防総省はソ連という仮想敵国を作ることで軍事費を増やして、国内経済を支えたということです。そしてマスコミもまたその有事体制に加担というか、それを前提とした報道をし続けた。その意味ではマスコミも軍産複合体の一部を担っていたと言うこともできるわけです。
例えば1898年に起きた米西戦争、その直接のきっかけはキューバのハバナ港に停泊していたアメリカ船籍のメイン号が爆破されたメイン号事件です。当時、その爆破事件をスペインが仕掛けたに違いないと大々的なキャンペーンを張ったのが、ニューヨーク・ワールドという新聞であり、それで大儲けをしたのがこの新聞社の社長だったジョゼフ・ピューリッツァという人です。今では彼の名が刻まれたピューリッツァ賞が、もっとも権威あるジャーナリズムの賞とされています。これを田中宇的に言えば、結局アメリカのジャーナリズムは、1898年から軍産複合体の一部をなしていたじゃないかということになるわけです。
話を冷戦に戻すと、では冷戦でアメリカは得をしたのか? というとそうとも言えない。当時のアメリカには、アメリカはアメリカ大陸を安定させるから、ユーラシアはユーラシアでやってくれという多極主義的な考え方もあった。しかしそこにイギリスが大きく関わってくる。1946年、チャーチルがアメリカで行った「鉄のカーテン演説」でソ連の危険性を説いたことで、当時戦争が終わって右肩下がりだったアメリカの軍事産業が飛びつき、マスコミの煽りも加わって、冷戦という戦後体制が一気に喚起されたわけです。そして当時盛んに言われたのが、東欧の自由化という言葉。「フリーダム」という言葉のインチキはこの時点からすでに始まっていたのです。つまり、冷戦というもの自体が、かなりプロパガンダ的な要素、情動戦略的な要素を持っていたということになるわけです。
ここ数年、アメリカでは再び「フリーダム」という言葉が頻繁に使われるようになっています。しかし自由主義であるがゆえに、自由な思考や発言を妨げられているという現実もある。イスラム原理主義やイスラム教徒を絶対悪にすることで、自由な発想が阻害されているポイントがある。
フリーダムという言葉は、9.11直後はとてもいい言葉だったわけです。だけれども、2003年に、アメリカ議会の食堂でフレンチフライをフリーダムフライと言い換えたあたりから、変わってきた。それはイラク侵攻に当時のシラク大統領は反対だったとかという理由で、フレンチと呼ぶのを止めようってことになったらしいんですけどね。多分、彼らは大まじめだったのかもしれないけれど、このあたりからフリーダムという言葉はギャグになっている。
そして今では、昨今の金融破綻によって、自由市場原理さえあんな悪いものはなかったという話になっている。またイラクの自由化にしても、米軍はイラクで100万人以上の市民を殺している可能性があり、ウクライナの民主化も、アメリカ国務省が金を出していたという報道がなされている。他国を自由化するという言葉にも悪いイメージがついてしまった。こうしてフリーダムという言葉は、悪い言葉になっていったんですね。これがわざとなのかどうなのか。もしこれが情動戦略の一環だとすればどういう目的なのかという疑問があります。
僕が思うには、ジャーナリズムはラディカルさを回復すべきなんでしょう。今常識だと思われていることをもう一度疑う、ということです。そうすると、いろいろとおかしな事実が浮かび上がってくるんです。例えば今はダブー視されている9.11 にしても、当日のことを調べていくだけで、アメリカはわざと防がなかったのではないのかという疑いが拭えざるものとして生じてくる。なぜなら、あれほど優れたアメリカ軍がペンタゴンへの突入を防げなかったのはどう考えてもおかしい。貿易センタービルに突入したハイジャック機を追尾していた戦闘機をワシントンに向かわせていれば、ペンタゴンへの突入は防げたはずなんですね。でもそれをせずに、戦闘機はニューヨーク上空をただグルグル旋回していた。ここには間違いなくさまざまな思惑が絡んでいるのは明白なわけです。

情動戦略は悪か?

今日、報道された「田母神論文」というのがあるんですが、防衛庁の幕僚長が「中国への侵略は相手国の了承を得ていた」と言っちゃった論文です。でもこれはある意味、正しいんですよ。なぜなら当時、日本は中国に傀儡政権を作っていた。その傀儡政権にO Kを取って侵攻しているから、了承を得ていたと言えなくもない。これは、当時のイギリスやフランスは当たり前のようにやっていたことなんですね。例えば義和団の乱が起きたときには、中国政府がテロを取り締まれていないと言って、イギリス軍が北京に駐留するわけです。当時の善悪感から言わせれば、全然悪くない。じゃあ、俺たちだっていいだろうと日本も出て行った。ちょうど第一次大戦のヨーロッパ戦線で打撃を受けた英仏がアジアから撤退したその空白に、日本が入り込んで大東亜共栄圏をつくったわけです。
もう一つ、村山談話と田母神論文が矛盾しているという指摘があるけれど、これも大間違い。村山談話というのはアジアの人に申し訳ないことをしたと言っている談話なんですね。それに対して田母神論文は、相手に了承を得ていたと言っているだけです。つまり、傀儡政権に了承を得ていたし、英仏がやっていたことと同じことではあるけれど、でも一般市民に迷惑をかけたという点では申し訳ないことをした、とつなげれば何ら矛盾しない。
もう1点、田母神論文は、真珠湾攻撃をアメリカの謀略だったとも言っている。田中宇的にはこれも正しい。アメリカお得意の謀略にホイホイ乗った日本の軍部が、真珠湾攻撃を仕掛けてしまった。それを米軍は9.11のときと同じように、防げるのに防がなかったという可能性は大いにあるわけです。ついでに言えば、1990年に当時アメリカの駐イラク大使だったグラスピーが、サダム・フセインにクウェート侵攻していいよという言質を与えた、与えてないという水掛け論は、今も続いています。
ただ、その謀略が悪いことだという話ではないんです。なぜならそれが国際政治だから。むしろ引っ掛かるほうが悪いんです。
戦争というのはお互いに罠に嵌めようとしているわけだから、能力のある諜報部員とか外交官を育ててそういう罠に引っ掛からないというのが、政府のあるべき姿だと僕は思う。だけど、日本もサダム・フセインも残念ながら、間抜けなことにアメリカの謀略に引っ掛かってしまったわけです。これを善悪で語るべきではない。

結局、何が起きているのか。

もしかするとわれわれは、善悪中毒にかかっているのではないか。日本は悪くないと思いたいから、田母神論文みたいなものを見つけ出してきて、どっかのマンション屋さんが賞をあげようとしたりするわけです。
でも強い国は何らかの悪いことはやってないはずがない。それは、オトナが嘘をつくのと一緒のレベル。むしろ善悪中毒にかかっている国民性こそ、謀略に踊らされやすい危うさを持っていると僕は思う。
善悪中毒から立ち直るのはとても難しい。ただ、善悪中毒にかかりやすいんだという自覚を持つことは可能だし、意味がある。さきほどマスコミが軍産複合体の一部だと言いましたが、ある意味しょうがない部分もあるんです。いざ戦争となったときに国民感情が反戦じゃ困るし、戦争に勝てるわけがない。そうなったら加担するのがマスコミなんですよ。ですから、国民を善悪中毒に導いていくというのは、ある意味、近代国家の性とも言える。
では、われわれはどうしたらいいのか。マスコミも頼りにならないわけですから、僕ら自身がラディカルになるしかないんです。当局の発表を鵜呑みにしていたら、利用されるだけ。たとえば昔の中国やソ連の人々は、プラウダや人民日報の記事も行間を読んだりしていたわけです。こうは書いてあるけど、本当のところはどうなのかなってね。日本の新聞がプラウダだとは言わないけれど、受け手としてはそういうスタンスは必要ではないかということです。
ただ困ったことに、今の新聞記者はまったくラディカルじゃないんですよ。新聞社の人ほど僕に、アメリカはそんな国じゃないって言ってきてた。最近になってやっと「金融も崩壊して田中さんの言っていたようになりましたなぁ」とか言ってくるけど、全然ラディカルじゃない。だからこそより一層、自分自身の判断が大切になってくる。

ではこれからどうなるのか。

ではこれからどうなるのか。大統領選挙は多分、オバマが勝つでしょう(11月1日現在)。でもアメリカ人の中には、今でもオバマが勝つわけがないと思っている人が多い。何かが起こると思ってる。それこそ投票マシンの工作とか、最悪のシナリオだと暗殺とかね。何かが起こると思ってる人がかなりいる。ただ何も起こらなければオバマが勝つだろうし、オバマが勝たなかったら逆に暴動が起きるかもしれない。
では、オバマが勝つ。そうなると何となく、すごいことをやってくれるかもという期待が盛り上がる。でも、さっきも言ったように軍産複合体の一部であるマスコミは、どうしたって共和党寄りなんですね。民主党オバマが勝ったときに、今はオバマを支持しているマスコミが、手の平を返してスキャンダルとかをあげつらう可能性だって十分ある。カーターのときがそうでした。だからオバマは頑張るんだけれど、そういう罠がたくさん待ち受けていることも間違いがないでしょう。
そしてやはり、ドルは崩壊してしまうと思います。71年のニクソンショックは意図的だったと僕は思っているけれど、あれと同じようなことが来年、再来年、起きる可能性が高い。どんなにオバマが頑張ったとしても、膨大な財政赤字はいかんともし難いし、逆に雪だるま式に膨れ上がっている。財政赤字が15兆ドルぐらいになったときに、果たして日本人や中国人は米国債を買い続けるのか。そう考えると、やはりドルは崩壊せざるを得ないという見込みが成り立つ。そうなったときに情動戦略といったものがどうなるのか。僕はそれをこれからもウォッチしていくつもりです。


対論
田中宇×下條信輔


下條 いつも通りの楽しいお話をありがとうございました。たしか2003年にご登場いただいたときもとても楽しかった記憶があります。田中さんのお話は妙に情動的に腑に落ちるところがあって(笑)、客観的に証明できるかと言うことはさておき、とても興味深いお話だったと思います。対論を始める前にちょっと質問ですが、世間には〈田中宇=陰謀論者〉といった図式で非難する向きもありますが、そのあたりはどうお考えですか?
田中 いや、むしろ僕は陰謀論を考えなきゃダメだと思ってるんですよ。与えられた情報と決められた思考だけでは、この8年間のブッシュ政権下で起きたさまざまなことは、とてもじゃないが説明がつかない。僕が不満なのは、ジャーナリズムやアカデミズムの世界では9.11やイラク戦争をタブー扱いしていること。何も語らないという姿勢は結局、権力の思惑に流されていると言われても仕方がないと僕は思う。
ただ自戒を含めて言えば、集団心理が自然に生まれてきているのか、国防総省やNYタイムズが形づくっているものなのか、どちらの要素のほうが強いのか、僕にもはっきりわからないんです。でもそれはラムズフェルドだって、多分わからなかったんじゃないかと思う。権力組織の中にもさまざまな暗闘があって、イスラムやロシア、中国を敵視する勢力とその戦略を失敗させようと目論む勢力があるのは多分、間違いない。その暗闘の中で物事は推移している。そこに対して僕らジャーナリストは、推論するしかないわけです。
下條 なるほど。ありがとうございます。では始めたいと思いますが、まず今日のお話でもいくつものキーワードが出てきていたので、それを整理しておきたいと思います。まずタブー、それから「ラディカルでないマスコミ」、「組織に情動はあるのか」、善悪中毒、世界金融の崩壊、といったキーワードがあったかと思います。
田中 あ、一つ言い忘れたんですが、非常に興味深いことに、大きな倒産の危機は毎回必ず金曜日に起こるんですよ。で、財務長官のポールソンが土日をかけて銀行家を集めて善後策を協議し、月曜のアジアマーケットが開くまでに決めるわけです。これも意図があるのかなと感じるくらいに(笑)。
下條 田中さんに言わせるとすべてに裏があることになりますが(笑)。今挙げたようなキーワードすべてをここで触れるわけにはいきませんが、まずはタブーの話から始めましょう。田中宇さんには具体的なケース事例についてお話を聞くほうがおもしろいかと思うので、ここでは日本の事例、南京大虐殺と靖国問題から始めたいと思うのですが。まず南京大虐殺について。
田中 戦争の時は相手国を悪く言うのが当然ですから、アメリカ合衆国は当時、日本の軍部がいかに中国で悪いことをやったのかを大々的に報じたかった。で、南京大虐殺というのは、南京のイギリス大使館が情報を集めて、米英の記者に書かせたわけです。ですから当時は日本人だけじゃなくて英米の人も、ああまたいつもの戦争プロパガンダの一環だね、で、済んでいた。ところが戦後、特に最近になって、南京大虐殺はあったかなかったかって、大問題になっている、というのが僕の見方ですね。
下條 そこで質問なんですが、では、最近国際政治上の大問題にまで発展したのはどういう理由だとお考えですか?
田中 この問題が浮上してきたのは80年代からなんです。というのは当時、中曽根さんあたりから、日本は自立的なのか、アメリカ軍と共同歩調を取るのか、いずれにせよ、再軍備するんだという話が出てきた。
下條 ああ、中曽根の不沈鑑発言とかありましたよね。
田中 そうです。それに対してアメリカの側にもいつまでも面倒を見ちゃいられないという思惑もあって、特に均衡戦略を採る海軍などには、日本を再軍備させて中国もどんどん軍備増強させて、そこにある種の均衡状態を生み出すことでアジア全体をこの2カ国の間で決めさせればいい、というような考え方があったりしたわけです。だからアメリカは必ずしも日本の再軍備および軍拡を否定してるわけじゃない。
下條 なるほどね。では中国の側の意図はどうだったんですか? 表面的に見ると、やはり外交カードとして使うといったスタンスがあったりするんですかね?
田中 中国にも内部にいろいろあって、ただ反日という姿勢が共産党の基礎になっている部分がある。ですから、反日を声高に言えば自分の地位が有利になる人が共産党の幹部にはたくさんいる。でもその一方で、日本とも持ちつ持たれつの関係を築こうじゃないかという経済重視派もいる。中国の国内的にいえば、この二派の間の駆け引きのカードとして、うまく使われてますね。
下條 なるほど。先ほどのレクチャーの中で田中さんが、フリーダムという言葉が最初はいい意味で使われていたのに、次第に悪い意味に変わっていったという話をされたんですが、私はそれとまったく同じ印象を「テクノロジー」という言葉に持っているんです。つまりテクノロジーという言葉にもわれわれが若い頃には相当いいイメージがあったんだけれど、最近では悪者のように言われたりしている。同じ概念が、いい概念から悪い概念に転化するそのメカニズムがおもしろいなと思ったわけですが、今の話のつながりで言うと、南京大虐殺というのは捉え方の違いによって、中国内部の暗闘とか国際世論といったもののテコになった部分が大きかったと思うんですよ。
田中 この問題はこっそり話せばいいんですよ。だってタブーなんだから(笑)。
下條 ああ、なるほど(笑)。では靖国についてはいかがですか? 靖国と北朝鮮は非常にアクチュアリティがあるかと思うんですが。実は私が『靖国』という映画を観て一番感心したのは、日本人には絶対にできないことをやったなということ。日本人の監督は作ろうとすら思わないであろうことを映画にした点だったんですよ。靖国というテーマもまた、先ほどのテコという点でも、国際社会に対するレバレッジ効果が大きいですよね。
田中 例えばイスラムを例にとって言うと、アメリカでは悪い概念だけど中東ではいい概念。これは当たり前ですけど、お互いに報じないから、ずっと何年間も両立しているわけです。知らない国において良かろうが悪かろうが、わからないわけですよ。靖国といった場合には当事者同士だと角が立つけど、第三者的な人が言ってくれるとうまく収まると言うかね。そういったことはあるんじゃないかな。
下條 お互いが相手のことを報道しないということで言うと、アメリカ国籍を持つアメリカ人は驚くほど報道を制御されているということに日本人の私は気づくんですよ。
田中 もともとあまり興味がないんじゃないの?
下條 それもある。それと三大ネットワークが買収されたりして、いろんなバイアスがかかっているんだけれど、例えばイギリスの報道に目を向ければ、同じ英語だからいろんな情報をゲットできるわけですよ。だけども見ないし、かなり教養水準の高い人までが非常に素朴で単純な愛国思想に染まってる部分があって、そういう意味では日本人はかなりアメリカ人を誤解しているんじゃないかと。そういう意味でも報道による大衆誘導というのはあるなというのが、私の実感としてあるんです。
田中 いや日本人には、アメリカがヤバイということに気づいていない人がとても多い。ドル崩壊なんて言おうものなら、またまたぁっていうリアクションがほとんどですからね。
下條 いや、それはアメリカに暮らす者の実感として、かなりヤバイところに来ていると思います。私の生活レベルの実感として、それはありますから。で、総括討論に向けての話で言うと、やはり善悪中毒の話が印象深かったわけです。今日のお話の前半の主旨は、情動戦略にせよ、善悪中毒にせよ、最近始まった話ではなくて、冷戦自体がすでに情動戦略のプロパガンダであったりしたと。そういったすべてが善悪中毒という情動戦略に向けての布石だったとも言えると解釈したんです。そうなると知りたいのは、インターネット社会になってこれだけ情報が自由にやり取りできるというか、垂れ流し状態とも錯綜状態とも言えるし、実は自由というのは疑わしいのでは、という点です。そんな状況の中で、善悪中毒を私なりの言い方にすると、「正義の思考停止効果」と言い替えることができるかと思うんです。それは日本もかなり酷いけど、アメリカのほうが重症なんですね。まぁ、日本に帰ってくると日本のほうが酷いとも感じることもありますが( 笑)、日本の例を挙げると、一つには介護福祉関係。この問題に関しては、弱者の味方だと言えば誰も反対できない。あと最近までの最大の思考停止案件はなんと言っても戦後民主主義という金科玉条だったと思います。
田中 アメリカ人のほうがロジックが好きだから、ロジカルに説明をしてやると陰謀論がポロッと通っちゃうことがある。でも日本人は気持ちだから、いくら論理的に言っても、田中宇が言ってるんだからインチキだってことになったりする(笑)。
下條 あとやっぱり感じるのは、弱者がすごく今、強者だってことですね。
田中 だから北朝鮮や中国を攻撃しろとか言わないんですよ。中国がインチキな物を輸出してきたとか北朝鮮によって拉致されたとか、被害者の立場になることで上手にコントロールされちゃう。
下條 さっき大澤さんも交えて雑談してたのは、オレのほうが弱者だからオレのほうがエラいって、そういう競争に日本のカルチャーはなってるんじゃないかという話になったんですけどね(笑)。その思考停止とか弱者はどっちだといった思考回路があったりで、文化の違いもあるんだろうけれど、そういったものは一体どうしたらいいんでしょうね?
田中 やっぱり一つはロジカルにわかりやすく説明するってことしかないのかなと思いますね。例えばインターネット上の英語情報というのは、日本語の情報の何十倍もあるわけですよ。それもそんな難解な文章じゃないから、読み取ろうと思えばできない話じゃない。だって僕の言ってることなんて、アメリカのネット上にある論理のコピーでしかないんだから。でも日本語だけを見ていても何にもわからない。ですから情報量を増やしてやったり、奥行きを感じさせたりすれば、少しは変わるんじゃないかと思うけどね。でも、日本の新聞は全然ダメ。だからもうメディアがとにかくいろんな情報を出すと。それはプロパガンダでも何でもいいんですよ。FOXニュースにだって一分の魂はあるんだから(笑)。とにかく情報をたくさん出すこと。たくさん出てくれば、判断材料も増える。そう考えるしかないんじゃないですかね。
下條 FOXニュースが一分だとすれば、アルジャジーラは何分なのかと聞きたいところですが、それはさておき、今のような話を踏まえて、今、田中宇さんが緊急だと思っていたり話してみたいと思うテーマは何ですか? 例えば私が聞いてみたいのは、田中さんにとって自由の定義とは何ですか、みたいなことなんですけどね。
田中 自由という概念はキリスト教の宗教改革あたりから出てきたものだと思うんだけど、それは何かというとラディカルなんですよ。いろんな考え方をさせろと。教会が決めるんじゃなくてオレに決めさせろ、なんですね。それがルターによる自由の始まりなわけですよ。ですから欧米、ユダヤの自由は本来ラディカルだったはずなんですよ。それを取り戻せばいい。でも今のフリーダムはフリーダムフライだから、全然、思考停止なんですよ(笑)。
下條 ああ、あれは知らなかったけど、今でもそう呼んでるのかな(笑)。
田中 恥ずかしいからやめたじゃないかな。
下條 そのうちペイトリオットフライとか言い出しかねないけどね(笑)。


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