ビデオインタビュー
[ 潜在マーケティング最新事情 ]

クリスチャン・シャイア
(decode社 創設者、CEO / 人工知能、ロボティクス、心理学、マーケティング)
聞き手:下條信輔


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下條 クリスチャン・シャイア、彼はかつて私のラボのメンバーで、今はニューロマーケティングの専門家としてビジネスの世界で活躍しています。ニューロマーケティングとは、神経科学の最新の知見をビジネスに応用するマーケティングのことです。ではVTRをご覧ください。

科学で購買行動を理解する

シャイア 私がやろうとしているのは、神経科学や心理学を「購買行動はいかにして起きるか」という問いに応用することです。答えはすでにわかっていると思うかも知れませんが、実のところまだ誰も知りません。実際マーケッティングの人たちの神経科学の知識は非常に限られていて、未だに左脳が合理的/右脳は感情的で相対立している、というあたりで止まっています。だから私のやっているようなことが必要なのです。報酬、記憶、学習といったコンセプトを単純化し、人々に理解できる形にする仕事ですね。
下條 最新の科学的知見を、購買行動の理解に応用しようというお話ですね。ただ、マーケッティングリサーチは長く分野としてあったわけですが、その何が基本的に間違っていたのでしょう?
シャイア 「あなたはなぜこの車を買ったのですか」と直接言葉で訊ねれば、本当の答えが返ってくる。伝統的なアプローチはこの前提の上に成り立っていました。その背後にあったのは「合理的な意志決定者」のモデルです。そして自分で心の中を内省すれば、すべての情報が見いだせるという仮定です。しかし「なぜ、あなたは奥さんに惚れたのですか」と訊ねてご覧なさい。答えはほとんど共通ですよ、ユーモアとか、優しさとか、趣味が同じ、とかね。果たしてこれが本当に現実を反映していると言えるかどうか。
ブランドイメージも同じです。これまでのやり方では「なぜこの商品を買ったのか」「この値段を払う気はあるか」「この商品をこれから買うか」などと直接訊いたわけです。しかしそこで返ってくる答えと実際の購買行動との間には大きな食い違いがあったのです。

購買行動を決めているもの

下條 たとえば私が今歯ブラシを買ったとして、なぜそれを買ったのかと問われれば「品質が良いから」とか「安いから」とか答えるでしょう。そういう理由付けがアテにならないと?
シャイア そう。歯ブラシやコーヒーのようないわゆる「関心の低い」商品だと、買物リストにブランド名まで書いたりしません。それでもいざ商品棚の前に立ったら、たくさんの中から選ばなくてはならない。そのとき、品質は実際のところ関係ないのです。というのも消費者は実際には品質を判断することなんてできない場合がほとんどだから。
下條 理由付けはたいてい、行為の後で後付け的になされる。しかし選択を実際に決めているのは、行為に先立つ神経/生理メカニズムです。時間軸上でこのように分かれている。しかしこれは「理由付けが先立ち、それに則って行為がなされる」という常識に反しています。さて、このような逆転を主張するのに十分な証拠はあるのですか。
シャイア 自分の会社の商品からライバル会社の商品に乗り換えてしまった消費者に、「なぜ乗り換えたのか」と訊いてみるとしましょう。一番多い答えは「値段が安いから」というものです。実際ドイツ最大の電力会社の利用者調査結果でも、そういう答えが多かった。ところが「では実際にいくら払っているか」を訊ねると、75%が答えられなかったというのです。だから、値段は本当の理由ではあり得ない。そこで本当の理由はもっと潜在的=無自覚的な過程の中にあるはずだが、それをどうやって調べたらいいのか。少なくともそれは、一方向性の認知的で意識的な過程ではないのです。
下條 では、彼らの選択行動を本当に決めているのは何なのでしょう。
シャイア その問いにお答えする前に、問題の所在を明確にしておきましょう。ドイツだけで5万のブランドが広告されています。単純に銀行口座を1つ開くだけでも、約15のパラメータについて選択しなければなりません。たとえば年間チャージのかかるものにするか、口座の種類変更にチャージのかかるものにするか、などというように。それを単純化する必要がある。隣人から推薦を得たり、メディアから情報を得たりして単純化するわけです。「あなたはCMや広告の影響を受けていますか」とあらたまって訊かれたら、95%の人はノーと答える。「不愉快だから」とか「退屈だから」などと言ってね。しかし実際、ドイツのある歯ブラシ会社のように、CMの新作で犯したわずかなミスであっという間にマーケットシェアの大半を失った例もあります。
下條 ブランドイメージが重要だと。
シャイア そう。ただし潜在レベルで働くブランドイメージです。
下條 顕在的で論理的なものは、消費者の実際の選択を決めていない。むしろ情動的で潜在的な、ブランドイメージのようなものが決め手になっていると。
シャイア はい、その通りです。

購買行動における報酬と情動は?

下條 リウォード(報酬)と情動の関係、という点はどうでしょうか。情動、選択行動、リウォードという三者の関係は?
シャイア 私の現実のビジネスの場面では、情動よりもリウォードとの関連でクライアントに話をした方がわかり易いようです。「御社の顧客にとってのリウォードは何なのか」というように。もう1点、情動はある状態を指すだけが、リウォードは与えることができる点が重要です。私が扱った歯ブラシのCMを例にとりましょう。1人の歯科医が登場し、トマトの表面を歯ブラシでこすって、ブラシの柔らかさをアピールするという内容でした。この場合のリウォードは何か。医者の示す権威、それに対する信頼感です。こういうリウォードなしには、人は歯ブラシですら買わないのです。
下條 ここでいうリウォードとは、食べ物などの生物学的報酬だけではなく、お金だけでもない、より広い意味の象徴的な、社会的な報酬を含むわけですね。
シャイア 大事なポイントです。人々がモノを買うとき、実際に買っているのはフィクショナル・リウォードです。それは小説を読むときも同じだし、絵を見て魅力や美しさを感じるときも、脳内の報酬系にリウォードが与えられています。

シャイア氏のビジネス

下條 ところであなたはどのような形で収益を挙げておられるのですか?
シャイア 大きく2通りあります。コンサルティングとリサーチです。BMWがクライアントでしたから、その実例をお話しましょう。彼らは自分たちの車をどのように撮影したらそれが顧客にとって最大のリウォードとなるかを知りたがった。そこでわれわれがそれを分析したわけです。車の前面はある種の顔のように見えますが、実際脳内の顔に反応する部位が活性化することが知られています。そこで、それを活かす最善のカメラアングルはあるか、心理物理学的な実験手法を用いて評価を行ったのです。
下條 するとあなたがリサーチというとき、そこで使われる材料は実際にあなた方のクライアントである企業のCMだったり広告だったりするわけですね。
シャイア そうです。

近未来の企業と消費者の関係

下條 現代社会においては、さまざまな企業が私たち消費者の脳に直接働きかけてきている。これまでの消費者、マーケッティング、そして社会全体と比べて、現在または近未来がもっとも本質的に異なっているのはどこだとお考えですか。
シャイア 脳がどのように働くかを企業が理解すれば、企業が成功するだけではなく、商品を与えられた消費者の方も喜ぶはずです。たとえばケチャップの場合、ハインツ1社だけで58種類のケチャップを販売しています。これは、選ぶ側から見れば明らかに多すぎる。報酬メカニズムが理解され、何が本当に必要とされているかがわかれば、改善されるでしょう。だからこれは消費者を操作しようというのではなく、本当に必要なものを提供しようという話なのです。
下條 では消費者の自由とはいったい何なのでしょう? たとえば、私はこの商品の色とデザインが好きだからこれを買いました、それは私の自由な選択です、と。しかしその選択は言うまでもなく、そこに展示されているもの、選択肢として与えられているものに依存するわけですよね。その意味で私の自由は制限されている。ならば自由とコントロールとの間で、今何が起きつつあるのでしょうか。
シャイア 2つのレベルでお答えしたい。まず第一に、人は何かを選ぼうとする時点ですでにおおいに制約を受けているということ。それは遺伝子のレベルからはじまり、さまざまな経験を通して形成されたその人の人格全体として、選択を制約されるわけです。また、人は反省することができる。たとえば相性の悪い女性と三回結婚していずれも失敗したとすれば、次は同じパターンをくり返すまいと努力することはできます。これが私たちの持っている自由です。もう1点は、もちろんマスメディアが流布している絵空事のことです。消費者を脳イメージング用スキャナーに入れて、自在にコントロールするとか。だがこれは起き得ない。なぜならリウォードのないモノには消費者は見向きもしないから。私たちの脳が操作される心配より、企業が私たちの脳にうまくメッセージを伝えられるかという心配の方が、はるかに現実的なのです。

潜在マーケティングは消費行動の自由を制限するか?

下條 マスコミで流布されている神経科学の倫理的問題というのは、単純化してしまえば次の不安に尽きると思います。神経マーケッティングの専門家が脳を操作して、何を買うかを決めさせてしまう。少なくともこの不安は的外れだと。
シャイア その通りです。そういう不安は昔からあったわけで、政治家が私たちをマインドコントロールするのではという不安と同じように、人間が普遍的に持つ不安なのだと思います。しかしマーケッティングは未だに1500もの研究が刊行され、相異なる理論があると言われている現状です。また確かに脳についての知見は蓄積され増え続けていますが、それによって達成されるのは、たかだか商品が私たちのニーズにより関わりのあるものになるということ、またCMが今までほど不愉快なものではなくなるということ。それは企業にとってだけでなく私たちにとっても望ましいことのはずです。
マーケッティングの人々は未だに、まずは消費者の注意を引くことだ、という考えにとらわれています。その注意が興味をもたらし、興味が欲望と消費行動を喚起するという図式。しかし現実は逆です。欲望、あるいはリウォードが注意を引かせるのです。人々は自分の見たいものしか見ない。聞きたいことしか聞かない。この逆転を理解できれば、操作なんてそう簡単にできないこともわかるはずです。
下條 自由とコントロールについて考える際には、脳と身体と環境との間の長きにわたる相互作用を考慮に入れる必要があるということですよね。
シャイア 遺伝子も、社会化も、すべてが含まれています。関連して興味深いのは、たとえばある人が40歳のときにジャガーを買ったとする。その理由を追求すると、幼少時代にまで遡らなければならないケースがしばしばあるのです。たとえば、お父さんが昔ジャガーに乗っていた。ジャガーは父親の成功の象徴だった、自分も同じレベルの成功を収めた象徴としてジャガーを買う、というように。
下條 大変面白いお話をありがとうございました。



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