イントロダクション+対論
[ 情動―きわめて現代的な ] [ 情動の現代 ]

タナカノリユキ
(アーティスト/アートディレクター/映像ディレクター)

下條信輔

(カリフォルニア工科大学教授、
 ERATO下條潜在脳機能プロジェクト研究総括 / 知覚心理学、認知脳科学、認知発達学)


(↓画像をクリックすると拡大します)


*1


*2


*3


*4


*5

 

タナカ こんにちは、タナカノリユキです。今年は「情動」をテーマに欲望、操作、自由といった側面から話したいと思います。よろしくお願いします。
下條 下條信輔です。今年は11年目に突入しました。早速ですが今年のテーマ「情動」について、タナカさんからひと言お願いします。
タナカ 今まで10年続けてきたわけですが、今回はその10年間に通底しているテーマと正面から向き合おうと考えたんですね。未来身体を考えたとき、やはり欲望というのは常に通底するテーマとしてあって、その欲望の源には下條さんの専門である情動があるという形で今回のテーマが決まっていったわけです。
下條 そうですね。それと、これまでの10回は意図的に、僕ら2人が普段取り組んでいる仕事を直接テーマにすることを避けてきたわけです。ですが今年は、11年目の仕切り直しの意味も込めて、自分たちが今まさに取り組んでいる仕事と直接にリンクするテーマをやってみようということになりました。もちろん、タナカさんもそうですから、ショウイングをお楽しみになさってください。
それともう一つ。最近どうも、理屈に合わないと感じることや腑に落ちないことがやけに多いんですね。例えば日本の政治を見ると、失言問題で選挙の勝敗が決まってしまったり、小泉ワンフレーズ政治にしてもそうです。アメリカの事態はもっと深刻で、民主主義国家だったはずのアメリカで令状なしで電話の盗聴がまかり通っていたわけです。そしてそのことに人々が大してショックを受けなかったことも深刻さを増します。それ以外にも、妙な商品が流行ったり、理不尽な殺人が多発していたりする。人々が不安定な状態にある気がする。

感情と情動の違い

タナカ この話に突っ込んでいく前に、下條さんに感情と情動の違いについて説明してもらうのがいいかな。
下條 ああ、そうですね。では簡単に。感情というのは、一時の心の状態を指します。「今、悔しい」とか「今、うれしい」とかね。情動という場合には、その感情の元になる生理的、身体的なモノ、感情に先立つ身体の変化、そういったものを含めて情動というわけです。
タナカ 感情以前という意味ですか?
下條 いや、以前も最中も結果も含まれてくるんだけれど、もっと生理的で身体的で無意識的な、ダイナミックな変化を指して情動というわけです。ただ、今回準備をしていて気づいたんですが、分野によって同じ情動という言葉を使っていても、定義がかなり違うんです。ただ共通する部分ももちろんあって、それを私の言葉で表現すると、現代人には論理や言説、目的や機能といった言葉では割り切れない振る舞いがあって、その元となる何か、それが情動に対する共通認識だろうと。
タナカ なるほど。僕は、現代社会というのは合理的なものだったり、個人というモノが情報化されて取り込まれていたりすると思うんですね。でも、そういう現代社会の中に、情動という動物的なモノがあたかもコインの表と裏のように貼りついているように思えるんです。

情動とは

下條 では、ここから先、もう少し具体的に情動について説明していきましょう。私は3年前からERATOで下條潜在脳機能プロジェクトをやっているんですが、ここでも情動が非常に重要なキーワードになっています。潜在脳機能というのは、まずサブリミナルということがあります。知覚や記憶、行動が無意識であること。次に自覚はあるんだけれど、その知覚や行動の原因に気づいていない場合。そして3つ目が潜在学習。(*1)それを別の観点からいうと、人間の心の99%は無意識だといろんな人がっているんですね。それはつまり限りなく100%に近いということなんだけれど、脳神経学的にも解剖学的にもほとんどの脳の計算は無意識のうちに行われていると言っていい。(*2)つまり、情動と行動の関係を問題にすることによって、意識に上る心と上らない心の関係に切り込みたいという試みなわけです。ではここで、タナカさんに被験者として協力してもらって自由連想法をやってみたいと思います。(*3)まず「虫が知らせる」。この言葉から連想するのは?
タナカ まず直感、それから予知とか気配みたいな感じかな。
下條 なるほどね。私がやったらこうなったんですけど、3つ目に飛行機事故が出てきちゃった。
タナカ 悪い知らせなんですね。
下條 僕はよく飛行機に乗るんだけど、乗るたびに怖いわけですよ、実は。そういうことなのかなと思ったんですけどね。じゃあ次。「腑に落ちない」。(*4)
タナカ よくあること、かな。
下條 なるほどね〜〜、ユニークですね。他には何かありますか?
タナカ あまり言葉は信じちゃいけないとかね(笑)。
下條 いやぁ、おもしろいですね。では最後に、私の専門分野である知覚の分野からエピソードを2つお話しします。これは、タナカさんにも協力してもらった静岡の科学館の展示作品でのことなんです。バーチャルリアリティのヘッドマウントディスプレイを導入して、急峻な崖の細道というCGをセットしてその道を渡るゲームをしたんですね。で、自分でヘッドマウントディスプレイを装着して、いざ歩こうとしても足がすくんで歩けないんですよ。そこで、一度外して、そこは科学館の平坦な床であることを確認してもう一度トライしたんだけど、やっぱり身体が緊張して冷や汗をかくんですね。そしてもう一つの例。人間には歴史的に「決闘で決着をつける」という解決方法がありますよね。決闘で決着をつけると何となくみんな納得してしまうんだけど、もともとの問題の解決には一切なってないわけですよ。これは私の考えでは、ある意味、情動の論理やメカニズムで理解ができるのではないかと思うわけです。他にも切腹なんていうのもそうかもしれません。そこにあるのは、身体的な説得力みたいなものだと思うわけです。人々の胃の腑に訴えかけるような説得力があるんですね。(*5)
タナカ それは「吐き出す」ということが大事なんですか?
下條 ああ、そうかもしれない。内側に溜まっているモノをドラスティックな形で吐き出すという意味ですね。それは後で専門の先生方に訊いてみましょう。

セカンドライフ

下條 ここからはセカンドライフです。セカンドライフとは、アメリカで大ブレイクしているバーチャルリアルな仮想の世界のことです。参加者はアバターという自らの化身、第二の自分を作って、アバターの姿で仮想世界に参加するわけです。その時、アバターはどんな年齢でも人種でも性別でもいいわけです。この仮想世界の来年の経済規模が1兆円を超えるとか、すでに100万人が登録しているとか、日本では次世代ビジネスの側面が強調されているきらいがあります。が、私にとってはそんなことはどうでもいいんですけどね(笑)。ただ、この仮想世界はサンフランシスコにある会社が運営していて、そこが提供する土地を買って不動産業をすることも可能なわけです。セカンドライフではリンデンドルという通貨が流通していて、現実のドルとの変動相場制をとっていて、利用者が望めば、稼いだリンデンドルをドルに換金することもできるわけです。では資料映像をご覧ください。

〈資料映像上映〉

下條 タナカさんどうですか、感想は?
タナカ すごくハマりそうな感じはわかりますよね。でも、うがった見方をすれば、あの運営会社もまたハマってるのかなって(笑)。
下條 現実には制度上の問題がいろいろあるんだけど、それは置いておいて、この仮想世界にハマる人が大勢いるという点に私は興味があるんですね。つまり情動のリアルは物質のリアルとは違う手応えがあるはずなんです。その手応えがこの仮想世界にはあるんだろうと。そこに興味がある。この世界でアバターとして経験した情動というのは、本物なのか偽物なのかと思うわけです。それとやはりお金の問題。仮想現実の世界の土地を買うと言っても、土地に限りがある現実社会とは違うわけですからね。いくらでも土地は作れちゃうわけで。
タナカ でもそこにお金が介在するから、みんなハマるんじゃないんですかね。お金が絡むことである意味、情動が喚起されるというか。
下條 ネットオークションとかRPGとか、今までにも仮想世界はあったわけですが、このセカンドライフが特殊なのは現実世界とのフックがお金だと言うところだと思うんです。仮想世界で稼いだお金を現実のお金に換金できる点。
そこでタナカさんに質問なんですが、現実世界でデザイナーが靴をデザインして3000ドル稼ぐことと、セカンドライフの中で仮想の靴をデザインしてリンデンドルを3000ドル分稼ぐこととは、どう違うんでしょう?
タナカ ある部分は同じですね。
下條 現実世界でのデザインには物理的、文化的な制約が大きいけれども、純粋デザインという意味では変わらないのかもしれませんよね。
タナカ その場合にはある意味、形や色などを魅力的に見せる方向に特化していくんでしょうね。
下條 僕らが見ると、デザインの純粋な部分を特化することが可能になるように思います。この話は総括討論でもう少し話を掘り下げましょう。


close