ビデオインタビュー
[ システムの“ロバストネス(頑健性)”をめぐって ]

北野宏明
(株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所取締役副所長、
NPOシステム・バイオロジー研究機構会長/計算生物学、システムバイオロジー)

インタビュアー:下條信輔


下條 ロバストネスという概念について、簡単に説明するとどうなりますか?
北野 ロバストネスと言ったときに、日本語だと頑健性って訳になるんですよ。でも僕の中にはもっとしなやかなイメージがあって、あるシステムが持っている機能をいろいろな外乱・内乱に対して維持し続ける能力を指しているんです。
下條 ロボットとか生物とか社会とか、システム自体は区別して考える?
北野 それはあまり区別していませんが、工学的システムと生物学的システムの違いはある程度ありますけど、例えば今の飛行機は乱気流などの外乱に対して飛行経路を維持する能力は非常に高い。これはロバストなシステムです。そのためにフィードバックがあったりするわけだけど、でも同じようなことが生物や社会にも当てはまると思うんです。
下條 ロバストネスを研究することで実現しようとしていることは?
北野 2つあって、1つはロバストネスというファンダメンタルな論理に基づいて、生命の基本理論を作っていこうということです。2つ目はそれを応用して、癌などの病気を治す方向に活用できないかということですね。癌などは、あの病気自体がロバストネスを持ってしまっている。だから治りにくい。ただすべてのことに対してロバストであるシステムはあり得ないんですよ。想定外のことには極めて脆弱になったりする。このトレードオフからは逃げられない。ですから癌だって弱点はあるはずなんです。
下條 癌はどうやれば治るんですかね。
北野 まだどうやれば治るかはわからないんだけどね(笑)。ただ癌がなぜロバストかはだんだんわかってきた。例えば、薬に対するフィードバックループを作れるとかね。あと、癌細胞を調べてみると個体内で多様性がものすごくある。
下條 個々でバラつきがあるってことはロバストネスの基本ですものね。
北野 だけどもしかすると共通部分もあるかもしれない。もしあるのならそこをアタックすればいい。但し、癌細胞の対応性が上がっていく可能性もある。そうなると、ロバストネスをあげないように癌細胞を眠らせておくという発想転換した治療法もあるかもしれない。
下條 東洋医学的な発想ですよね。
北野 たしかに。ただサイエンティフィックに管理することが大切だと思うんです。
下條 あるシステムの崩壊がカタストロフィだとすると、ロバストネスとは表裏かなと思ったんだけど。
北野 システムは必然的に、置かれた環境に対してロバストの方向に進化していく。そうすると想定外の外乱に対して脆弱になる。それが起きたときにカタストロフィに陥るんだと思う。例えば街があって、しばしば森林火災に悩まされているから、バッファーゾーンを設けた。しかし次の年ちょっとずれたから、また別のバッファーゾーンを設けた。もう大丈夫だと思っていたら、翌年はまったく別の方向から火災がやってきてしまったとかね。じゃあ全体をバッファーゾーンで囲ったら、周りに火が回ってしまって、酸欠になって全滅する可能性があるからそれもダメだと。じゃあ全部木を切ってしまったらどうかというと、森林火災は起きないけど、豪雨には脆弱で大洪水が起きる可能性がある。そういうトレードオフは常につきまとうんです。
下條 崩壊は人知で防ぎきれますか?
北野 システムとして最適化するとロバストネスは上がるんだけど、逆に脆弱さも上がるということがある。ですから、システムとして組織をロバストにしながら、いかに想定外のリスクをなくして設計していくかだと思うんですね。
下條 世界がグローバル化してくると、ロバストネスは上げにくいですよね。
北野 それは基本的に多様性を上げるしかない。多様性を許容しながら進むダイナミクスを選択すべきでしょうね。
下條 特化しないということかな。
北野 最適化しつつ多様性を維持するっていうのはとても難しいけどね。


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