レクチャー02
[ 寿命、死を決める遺伝子 ]

相垣敏郎(首都大学東京 都市教養学部理工学系教授/遺伝学・ゲノム科学 )


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今日は、生きているものがあるとき突然に死んだ状態のものになる。それがどういう理由で起こるのかについてお話しようと思います。結論から言ってしまいますが、それは必ずしも突然起きることではない、というのが私のメッセージです。
寿命というテーマは歴史的にとても古くて、人間が死を恐れるというのは昔から変わりません。ですが、寿命や老化という問題は100%解明されたわけではありません。さまざまな仮説があります。
まず老化の仕組みですが、エラーとプログラムという2つに分けられます。エラーというのは、生きているとさまざまな障害が発生し、それを修理できずに破綻してしまうという考え方。プログラムとは、遺伝子の中に死が書き込まれているという考え方。ただサイエンティフィックに言うと、生命は非常に利己的なものですから、自ら死のうとはしないんですが、それはなぜかという検証もまだされてはいません。また寿命には、大きく分けてここに書いた5つの法則が知られています(*1)。この中の「寿命は遺伝的に決まっている」というのが今日の大きなテーマになります。すべての生物はそれぞれ固有の遺伝情報、ゲノムセットを持っています。ただ遺伝的に決まっていると言うと、プログラムされているように思いやすいのですが、そうではない、ということをお話ししたいと思います。
まず前半では、遺伝情報が書かれているゲノムについて簡単にご説明します。われわれの体の中にはDNAというものがあり、人間だとその中に遺伝子が2万ぐらい入っているわけです(*2)。それがすべての細胞の中に入っています。ですが、われわれが顕微鏡を通して見ることができるのは、DNAが折りたたまれて染色体という状態になっているものです。その中にある単位があって、それが遺伝子です。これすべてを指して、ゲノムと呼びます。
ヒトの場合、ゲノムは30億塩基対あります。30億というのは1秒に1個数えられるとして、85年かかる数です。そのそれぞれに科学的情報があって、その意味を理解しようとしているのがゲノム科学者です。実際の物理的長さもすごく長くて、1塩基対の長さは1億分の34mmですが、それが30億あると約1m。そして父と母それぞれから1本ずつ受け継いでいますから2m。それがわれわれの体をつくっている60兆個の細胞の中に入っているわけですから、それを全部繋げると1200億kmになります。つまり人間1人分のDNAは、地球から冥王星までの距離の20倍というとてつもない長さなわけです。さてここからは、寿命がどのように決められているか、というお話です。われわれはショウジョウバエを使って研究をしています。ショウジョウバエはすでにゲノムの配列が解読されたモデル生物ですので、その遺伝子をさまざまに操作することで、遺伝子の機能が明らかにできるわけです。そしてショウジョウバエはヒトの遺伝子の約7割ぐらいは同じものを持っているので、ヒトの遺伝子の基本的な研究ができると考えられています。どういう研究の仕方をするかというと、ある遺伝子が何をしているかを解明するために、その遺伝子を欠損させたり、働きを強化させたりして、その遺伝子の働きを解明するわけです。遺伝子を操作するとどのくらいのことが可能になるかをご紹介するために、研究のサンプルをいくつかお見せします。まず細胞を死ななくするという遺伝子をより働かせた場合には、ハエの胸部と腹部の模様はこんなに変わります(*3)。左が正常な状態で、残りの2つが遺伝子操作したものです。残りの2つはハエの幼虫の皮膚が残っていてこんな模様になるわけです。また、眼をつくる遺伝子をほかの組織に植え付けると、このように体中眼だらけのハエもつくることができます(*4)。
このようにして、ゲノムの中の遺伝子を調節することで、寿命や老化を変えられるのかという実験をすることが可能です。寿命を決めている遺伝的な仕組みがあるとすれば、その遺伝子を調節すれば、寿命を長くしたり、老化を抑制したりする遺伝子が見つかるはずです。そこで、ある遺伝子のスイッチを人為的に入れたハエをつくって、その寿命を調べます。その統計を取ることで、どの遺伝子を働かせれば長生きするかがわかるわけです。それがこの表です(*5)。最大で30%ぐらい長生きするハエが出てきます。
そこで、その遺伝子を欠損させると実際に短命になることがわかります。
では、寿命を決めるプログラムがあるのかどうか。生物においてプログラムが展開している様子が一番はっきりわかるのは、受精卵から成体に成長するまでなんです。そのときには体の中で遺伝子は非常に秩序のある働き方を示します。例えばまず受精するときにはAという遺伝子が働き、血液細胞をつくるときにはBという遺伝子が働き、神経細胞をつくるときにはCという遺伝子が働く、というような秩序です(*6)。ところが、成長期が終わって体を維持する持続期に入ると、遺伝子の働きは必要に応じて働くようになります。ですから老化というのは、人それぞれみんな違った段階を踏んでいくんですね。例えば病気にかかる人もいるし、怪我をする人もいる。それによって、人それぞれまったく違った履歴を残していくわけです。こういうさまざまなバリエーションがありながらも、ある時間、つまり子孫を遺す状態までの時間を生きられるようにはなっています。それはゲノムの中にプログラムされています。つまり、持続期、それは老化期と言い換えることができますが、その段階においては、成長段階の秩序正しいプログラムとは違って、何かが起こったときにそれに対応する力を持つためのプログラムが機能していると言えるわけです。
老化や寿命はともするとプログラムされているように考えられがちですが、むしろ逆であって、生物が進化する過程において、死なないようにするメカニズムが発達してきたということだと思います。ある期間生きないと生殖ができなかったり子供を育てることができなかったりして、子孫が遺せなくなるわけですから。僕はその遺伝的メカニズムを抗老化機構と呼んでいるんですが、そのメカニズムとさまざまな外的な老化要因、環境要因のせめぎ合いで、寿命が決定されると私は考えています(*7)。


対論:相垣敏郎×タナカノリユキ

タナカ まず個人的にすごくビックリしたのが、眼がたくさんあるハエの写真。あれは人間にも起こせるんですか?
相垣 眼の遺伝子はマウスにもあって、その遺伝子が壊れると眼がないマウスになります。そしてマウスの眼の遺伝子をハエにもってくると、ハエの眼ができるんですね。ですから、眼をつくるという命令を下している遺伝子があるわけです。
タナカ 眼を2つつくるという遺伝子情報とは関係ないんですか?
相垣 この実験では眼をつくれるというだけで、それが眼として機能しているかというとNOです。視覚というのは脳の情報処理が必要ですから、そこまでのことではないんです。
タナカ 死ぬというプログラムはないというお話でしたが、老化や寿命に関するプログラムはあるんですか?
相垣 それも結果としてそうなっているというだけです。なぜ永遠に生きられないかというと、そういうプログラムもないんです。今のプログラムというのは、子孫を遺すためのプログラムなんですね。
タナカ それは遺伝子が発達してないということなんでしょうか?
相垣 今のところそれで間に合ってるということです。人間の場合限界を超えて生きようとすると、心臓やら肝臓やら部品を取り替えて行かなくてはならない。
タナカ それをやるとどうなるんですか。
相垣 多分ネックになるのは脳をどう入れ替えるかでしょうね。脳を入れ替えたときアイデンティティはどうなるのか。
タナカ 例えば必要に応じて体の部品を取り替え続けて機能するというプログラムを延々と刺激したら、不老死はあり得るのですか?
相垣 技術的には難しいでしょうが、できたとすればあり得るでしょう。
タナカ 推論でけっこうですが、死なない遺伝子をいじったときに幼虫の皮膚が残ったという話がありましたけど、新たな機能とがぶつからないのですか?
相垣 体は協調して初めて機能するので、局所的に死ななくしてもダメなんですね。むしろ早く死にます。
タナカ 協調するプログラムはある?
相垣 それはあります。実はタナカさんの体内でも1日1000個ぐらいの癌細胞ができてます。でもそれを排除する仕組みが機能しているんです。
タナカ では環境要因で免疫ができたりしたとき、遺伝子は変化しますか?
相垣 あり得ます。環境は重要です。
タナカ 紫外線など宇宙的なこと以外にどんなものがあるんでしょう?
相垣 食物を含めて、体内に入るいろんな化学物質が考えられますね。


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