レクチャー01
[ 文明の滅亡と環境カタストロフィ ]

安田喜憲(国際日本文化研究センター教授/環境考古学)


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今日は、「宇宙システムの文明から生命システムの文明へ」というお話をしようと思います。われわれは今どこにいるのか、われわれの先には何が待っているのか、そしてそれを生き抜くためには何をなすべきか、ということがテーマになります。私は最近、宇宙システムと生命システムは別のものなのじゃないかと思うようになりました。それはなぜかというと、過去の気候変動や災害の歴史を研究していくと、気候変動は緩やかな波動で変化するのではなく、きわめて破断的に変動してきたということがわかってきたからです。
私たちは、福井県の水月湖の湖底から、年輪とよく似た堆積物の縞模様(年縞)を発見したんですね。そこにはさまざまな過去の気候変動を復元できるものがたくさん詰まっているんですが、それを分析すると、過去の気候変動が年単位でわかるんです。それと同じものがグリーンランドの氷河の中にも見つかっています。
このグラフは過去12万年の気温変動を示したものですが、気温が激しく変動していることがわかります(*1)。それこそ5年、10年の単位で激しく上下している。それが当たり前なんだということがわかったわけです。ですから、ビッグバン理論というものがありますが、この気温変動を見ても、いかにビッグバンの連続であるか、いかに宇宙のシステムが破断的であるかが見て取れるかと思います。そして、グラフの左、1万年前以降を見ると、振れ幅が小さくなっています。現在われわれが生きているこの時代を完新世と呼びますが、気温変動の振幅が小さいためにわれわれは文明を発展させることができたんです。それ以前の人類は気候変動が激しすぎて、その変動に対応できなかったわけです。
1万4500年前、グリーンランドでは年平均気温が7度から10度上がったわけですが、この時に起きたのがマンモスの絶滅です(*2)。というのは、温暖化によってまず雪が多くなって冬の食料がなくなり、マンモスの毛皮に雪が付着し氷柱になって体温が低下した。そこに止めを刺したのが人間による乱獲です。
さて、ヨーロッパやアメリカの人々は地球が寒冷化することを恐れます。過去の歴史の中で彼らが影響を受けたのは、例えば小氷期です。ところが温かくなることは環境が良くなるからそれほど恐れていない。温暖化の影響をもっとも受けるのはわれわれが住むモンスーンアジアなのですね。1万5千年前もまず日本列島から長江流域にかけての生態系が劇的に変化し、われわれは新しいライフスタイルを打ち立てる必要に迫られました。それが土器革命です。日本の縄文土器がそれです。このエリアではヨーロッパなどと比較して約500年も早く温暖化現象が起きたことがわかっています(*3)。
その後1万2800年前あたりから突然、「ヤンガー・ドリアスの寒の戻り」という現象が起こります。氷河期に戻ったわけです。それはなぜかというと、急激な温暖化によって、まず世界各地で大洪水が起こりました。そして、大氷河が溶け出して非常に冷たい淡水が海に流れ込んだわけです。それによって深層水の循環が止まってしまい、氷河期に逆戻りしたというのが定説になっています。現在アメリカなどでは、その現象が未来でも起きるのではないかと取りざたされているわけです。グリーンランドの大氷河や南極の氷が溶け出して、同じような現象が起きる。それが例えば映画『ザ・デイ・アフター・トゥモロー』ですね。
その後1万年前以降はどんな気候変動があったかというと、先ほど述べたように完新世の気候はそれ以前に比べ比較的安定していたように見えましたが、年縞を調べてみるとこの時代も激しく変動していたことがわかってきました。例えば4200年前に激しい寒冷化が起きています。この時にメソポタミア文明や私たちが研究している長江文明といった古代文明が干魃にやられて崩壊したわけです。そして当時、東アジアではこの気候変動を受けて大民族移動があったんです。それは北方に住んでいた畑作牧畜民が大挙して南下してきたんですが、それに押し出される形で海岸に住んでいた人々がボートピープルとなって、日本に稲作漁労をもたらすわけです(*4)。こういうカタストロフィは歴史時代にも起こっています(*5)。920年頃の寒冷期はマヤ文明や渤海を滅ぼしましたし、1610年前後の小氷期にはヨーロッパでペストが大流行し、多くの人々が新大陸アメリカに渡ったわけです。
では未来はどうなるのか。IPCCの未来予測によれば、2100年までに1.5度から5.8度の気温上昇がシミュレーションされています。マンモスが絶滅した1万5千年前の地球温暖化で、温帯地域では約5.8度上昇しました。その時にCO2濃度は約70ppm増大しているんです。ところが現在、過去20年間に100ppm以上増大しているんです。これがカタストロフィをもたらさないはずがないわけです。
私は2070年頃に現代文明は崩壊すると考えています(*6)。2020年には人口の限界、豊かさの限界に到達し、そして2050年には熱帯雨林が消失し、その後10年も経たないうちに地球人口は100億人に達するでしょう。そして2070年にカタストロフィが引き起こされるとすれば、100億の人口が50億以下に減少すると、私は予測しています。
まとめです。これまで述べてきたように宇宙のシステムというのは破断的であり、連続性がありません。そんな宇宙のシステムに循環性を与えたのは、生命だと思うわけです。生命のシステムはDNAの螺旋構造を見てもわかるように、循環的だからです。このマオリ族の木偶(*7)や縄文の土器などを見ると、古代の人々はスパイラル、螺旋を描いています。これはつまり循環を意味しています。古代の人々は直感的に知っていたんですね。これが生命世界の原理であることを。
すべての物事には終わりがあります。生命は死を取り込むことで、破断的な宇宙システムから逃れようとしたのではないでしょうか。人工生命の研究でも死をインプットすると、限りなく成長していくんですね。文明もいつか滅亡するんです。ですからわれわれは、現代文明が崩壊することを前提に、それに変わる新しい文明は何かということを模索すべき時代に生きているのだと思います。


対論:安田喜憲×下條信輔

下條 まず基本的なことですが、環境考古学の方法論をご説明ください。
安田 年輪というのは年に1本ずつ形成されるのはみなさんご存じだと思いますが、私が研究している水月湖の湖底の堆積物に見られる年縞も、同様に1年に1本形成されています。その中の花粉や珪藻の化石であるとか、粘土鉱物を分析することで、気温や文明の変遷などをこれまでとは比較にならない高精度のレベルで解明することができるのです。
下條 数年単位でわかるわけですか?
安田 そうです。過去2000年については年単位でわかりますし、1万年前でも数年の単位でわかります。
下條 環境破壊や気候変動が文明の興亡に直接影響しているというご意見をもう少しご説明ください。
安田 現代文明は森を破壊する文明と言っていいと思います。例えば4200年前にメソポタミアのアッカド王国が突然崩壊していますが、その原因となったのは、ほんの少しの乾燥化なんですね。それがなぜかというと、森林を伐採していたがために、その乾燥化に耐えられなかったわけです。
下條 2070年滅亡説を唱えられたわけですが、それまでに人類ができることは?
安田 文明崩壊のプロセスは、どれもほぼ同じなんです。森林の消失による環境悪化から始まり、伝染病の流行、経済悪化、民族移動……というようなものですね。人類はまったく同じ過ちを繰り返している。そして現代文明は過去に類を見ないほど激しく森林を破壊していますから、そのリアクションはもっと大きいはずです。
ただその中で、現代まで崩壊を経験しなかった文明があるんです。それはわれわれの日本文明。縄文時代から現代まで日本文明はずっと続いているんです。例えば田舎に行けばトチ餅がありますが、あれは縄文人が食べていたものです。ですから断絶してないんです。それはなぜかと言えば、日本文明が森と水の循環系を守り続けているからなんです。それが永続性をもたらしている。しかし、現代の日本経済はそうじゃない。食料の60%を輸入に頼っているような国は脆弱です。ですからもう一度、過去の日本文明のあり方を見直すべきなんです。
下條 著書の中でも書かれている人間の心の問題についてはいかがですか?
安田 人間社会というのは、最後には心を変えられないと新しい文明は生まれないんですよ。でも心を変えるというのは、とても難しい。でも、これをやらないと新しい文明には到達できないと私は思っています。


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