イントロダクション
[ 破局の予感 − 今、なぜカタストロフィなのか? ]

下條信輔(本プロジェクト監修/知覚心理学者)
タナカノリユキ(本プロジェクト監修/アーティスト)


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下條 [カタストロフィ 破断点]というテーマを決めるに当たってのわれわれの思いの丈をひと言お願いします。
タナカ ルネッサンス ジェネレーションでは毎年、その年に僕らが気になって、みなさんもリアリティを感じているであろうテーマを選んでいるわけですが、今年すごく気になったのは気候の変化。夏が異常に暑いとか。台風もそうですし、地球や環境がヘンだという恐怖にも似た感覚があって、そんな話がきっかけかな。
下條 このテーマを決めたのはたしか5月ぐらいで、その時点ですでにスマトラ沖地震があって、福知山線の脱線事故があり、その後もカトリーナなど超大型ハリケーンがアメリカ南部を直撃し、日本でもいくつも凶暴化した台風が来襲した。WHOが発表した鳥インフルエンザの死者予測数は、少なくて200万人、多くて740万人。西ナイルウィルスはじめその他いろいろ病気が語られて、なんとなく不安な気分が蔓延してきている。おまけにテロや凶悪犯罪、経済不安など挙げていけばきりがないんです。 さてここでは、タイトルの言葉の定義を説明しておきたいと思います。「カタストロフィ」とは崩壊、破滅という意味なんですが、数学用語でもあって、位相幾何学のトムという数学者が創案した理論があります。それを分かりやすく図示したのがこの「Wモデル」(*1)です。W字型の雨どいに赤い玉が1個乗っていると考えてください。Wの文字を傾けていくと、赤い玉は最初のうちはWの谷底にありますから動きませんが、3番目の図あたりで赤い玉が揺らぎはじめて、最後にコトンと反対側の谷に落ちるわけです。その瞬間がカタストロフィです。Wの文字を傾けるのは、例えば通貨当局による公定歩合の変更とか、病原菌が体に接触する回数とか、いろいろなことが想定できます。つまり、制御空間の中で変数が変わったときに、変数がある限界を超えると、突然構造が変化する。それがカタストロフィの学問的な意味なんです。この話のもう一つのポイントは、過去からの履歴によってカタストロフィの起きる瞬間が変わるという点です。この図はWの文字を時計回りに(右側が下がるように)傾けていきましたが、それを逆方向に傾けるとカタストロフィの起きる点が変わるわけです。
 それともう一つ、このテーマを決めるに当たりタナカさんから提起された宿題がありまして、それは「本当に天変地異は増加しているのか?」という宿題です。それに答えておこうと思います。これは世界の大災害が起きた件数を年代別に並べたものです(*2)。もう一つスライドをお見せします(*3)。これを見るとタナカさんも驚くと思うんだけど、70年代に死亡総数ってグッと減ってるんですね。実際、WHOの責任者がいずれ伝染病は撲滅できると公式に発言したりしていたわけです。ところが、そこからまた増え始めている。悪性新生物などが原因の死亡がぐっと増えています。そして最後に夏の北極海の衛星写真です。上が1979年、下が2005年。明らかに氷が減ってるのがわかると思います(*4)。他にも例えば、東京の熱帯夜の総日数の増加などにも如実に表れています。というわけで、データとしてはかなりはっきり出ているというわけです。ただ、今日は大災害がメインのテーマではありません。先ほどのカタストロフィのWモデルは災害だけではなく、建設的な見方もできるんです。例えばあるサイエンティストの画期的な発見によってその分野の理論自体が塗り変わるとか、そういう突然のジャンプ、構造的変化を総称してカタストロフィと呼ぶわけで、それ自体は悪いこととは限らないんです。
タナカ もっと言えば、自分の体内にもそういうメカニズムがあったりすることもある。クリエイティヴそれ自体がカタストロフィだったりしたり。
下條 そもそも人間の生き死にそれ自体がカタストロフィなんです。生は無生物の状態から突然生物であるという状態にジャンプするし、死はその逆ですから。


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