基本レクチャー04
「ケーススタディ:タナカノリユキの場合」

タナカノリユキ(アーティスト/アートディレクター/映像ディレクター)


 

僕は日頃ヴィジュアル・コミュニケーションに関わったクリエイティヴの仕事をしているわけですが、今日僕がここに持ってきたのは、仕事の上で判断や意志決定をする時の、坂井さんの言葉を借りれば、バイアスみたいなものです。一応「虎の巻」なんて付けてみましたが、それほど大袈裟なことではなくて、アート側の1つのサンプルぐらいの気持ちで見てもらえばいいかなと思います。
まぁ、ここで何かの答えがあるというわけではありません。ただ、表現をするということは、常に意志決定をしなければならない状況にさらされているわけです。ですからこれからお見せするキーワードは、実際に個人作業や共同作業をしている時に、僕が意志決定のある基準にしていること、とでも言ったらいいのかもしれません。ではご覧ください。


 *キーワードは、左上よりタテ方向に、矢印にそってご覧ください。


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対論「決断の身体性と情動喚起」:下條信輔×タナカノリユキ

下條 プレゼンの様式も含めて非常に面白い話で、長年つきあっているけど、あれはそういうことだったのか、という発見がいくつもありました。で、最初に説明してもらいたいことがあって。つまり、タナカノリユキはアーティストなんだけれど、トップCMディレクターの顔も持っているじゃないですか。そこでアーティストとしてCMを作ることをどう捉えているかを話してください。
タナカ 自分の気持ちの中では、アーティストとしての作品制作もデザインの仕事も広告の仕事も、分け隔てはないんです。なぜ広告の仕事に興味を持ったかというと、たまたま海外の映像チームが僕の仕事に興味をもって声をかけてくれたのがきっかけで、そこからだんだん広がっていった。
いわゆるアートの作品展に来る人は、基本的にアートが好きな人なんです。でもCMを見る人はアートにはまったく興味のない人もたくさんいる。むしろ資本主義社会の中で欲望が露わになっている部分が非常に強い。ですからアート作品を作ることとは別に、アートで培った精神や見方を通して人間の欲望が露わになっている場所で人間を見ていくこと自体が、アートとして非常に重要な気がしたし、興味もあったんです。
下條 CMって普通、商品を売りたい会社があって、その商品のイメージをアピールするとか売るためのメッセージを伝えることですよね。そういう欲望のことを言っているのか、もしくはCMから商品を売る要素を引き算した時に残るパラメータがたくさんあって、そこにアートが存在し得るってことなのかな?
タナカ それは両方ありますね。まずCMはコミュニケーションとしてかなり強引なメディアなんですよ。その割に影響力がある。CMの出来不出来で商品が売れたり売れなかったりするようなことが平気で起こるんです。もう1つ、僕はCMって基本的にビジネスとエンタテインメントだと認識してて、だからCMでアートをやろうと思ってるわけじゃないんです。アートではないものにアート的な考察をすることが重要なんです。アーティストとして言えば、クライアントがあってメディアの規制も多いCMのような仕事は、普通やりませんよ。そこを敢えてやってみたかったのは、やはりその社会的リアリティみたいなものですね。
下條 私がなぜCMに興味を持ったかというと、人間のコミュニケーションのもっとも凝縮された形であることと、もう1つは何ヶ月にもわたって何度も繰り返されること。これはとてもユニークだと思う。そのことがコミュニケーションや知覚や記憶の研究に、基礎的に重要な問題を提起してると思ったからなんです。
タナカ 映画にしても絵画にしてもゲームにしても少なからずそういう要素があるけど、CMの場合は非常に短い時間なので、剥き出しのものが見えやすいんでしょうね。
下條 じゃあ、今見せてもらったタナカさんのメッセージに話題を移すと、このコーナータイトル「決断の身体性」にも関係するんですが、「最後は体に聞く」というのは、具体的にはどういうことですか?
タナカ あれを書いてて思ったんですけど、入れ子状態になってることが多いなって。やってる間にモチベーションの増減が繰り返されるんですよ。だから例えば「見たことがないものにチャレンジする」ようなことが起きると、意欲がグーンと上がるんですけど、コレ面白くないなって感じると意欲がなくなるとかね。美術教育では、最初にアイデアやテーマがあって、それに則って作っていくのが通例とされているけど、実際にやっていると逆もアリみたいなことが起きたり。そんな上がり下がりがいろいろあった上で最後にたどり着いた時に、じゃあ体に聞こうと。矛盾も何もすべて含んだところで判断しないと。意識で判断すると順番になりやすい。でもそうすると、大抵ろくなことがないんですよ。
下條 なるほどね。ではここで、私がリアクションレクチャーをやらせてもらいます。タナカさんどうもありがとうございました。


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