基本レクチャー01
「課題解決と前頭葉の機能」

坂井克之(東京大学大学院医学研究科認知言語神経科学助教授)


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今回いただいたテーマが「課題解決と前頭葉の機能」ということで、個人個人の頭の中で何が起こって決断に結びつくのか? 今からこの疑問についての話をします。
様々な選択肢の中からある特定の行動を選択する、これが行動に至る決断のプロセスです。確かに行動を起こすのはあなた自身ですが、でも私の主張は、「少なくとも今現在のあなた自身が決断しているわけではない」ということなのです。では、誰が決断するのでしょう?
ガンダムが敵のザクに対して、ビームライフルを使うかどうかの決断を迫られます。でも、決断するのはガンダムではありません。操縦しているアムロくんです。アムロくんは手足を使ってビームライフルを選択しますが、手足が決断するわけではありません。アムロくんの脳です。それも脳の前のほうにある前頭葉という部分、ここが大事な働きをするといいます。でも前頭葉もただの神経細胞の集合に過ぎません。ではこの前頭葉を構成している神経細胞の、どれが決断しているのでしょう? これをホムンクルス問題と言います。この神経細胞の1つ1つに賢い小人が住んでいて、こうすべきだと決断している。では小人はどうやって決断しているのか? 小人の脳の神経細胞の中にまた小人がいて、その神経細胞の中に…。きりがないですね。
さて、ここでの私の主張は、「少なくとも決断には4つの要素がある」というものです。(1)外部入力(2)内部入力(3)伏線(4)ノイズ、この4つが合わさって私たちは決断する。
人の顔を見た時のことを考えてみましょう。人の顔という視覚情報が目を通して脳に入ります。この外部入力に反応するのは、耳の奥のところにある顔領域という部分です。
ここで、3つの顔を並べて「どれがあなたのタイプですか?」という問いを投げかけるとします(*1)。3つとも顔ですから顔領域は同じように反応するはずですが、前頭葉がタイプの顔はどれかというバイアスをかけるため、顔領域はタイプの顔に特に反応します。質問を変えて「3人の誰とつきあいますか?」とすると、別の顔に反応するかもしれません。このように決断にバイアスをかけているものが、内部入力です。まず、あなたの目的。ルックスのいい彼を連れて歩きたい、人生をかけてつきあいたい、いろいろあります。また経験や本能も様々なことを囁きかけます。このようにあなたの脳の中から生み出された情報を、内部入力と言うわけです。
ところが、実はあなたのタイプは全然違うかもしれません。ただ人前でそれを言う勇気がないだけ。そのような周囲の目を意識した場合には、脳の真ん中の奥のほうにある傍帯状回とか、側頭部にある上側頭溝といった部分が前頭葉に働きかけて、あなたの決断にバイアスをかけています。あなたの決断にバイアスをかけてくるようなその場の状況、これは伏線の1つです。他にもトラウマのような記憶、身に染みついているルールや概念も伏線になります。
あなたがもっとも自信を持って自分の意志だと言い切れるもの、その1つは欲望でしょう。欲望は強力な衝動となります。前頭葉は大脳基底核の衝動を常に抑制しているわけですが、どうしても我慢できないとなると、その欲望が炸裂してしまうわけです。
人の欲望の典型的なものにお金があります。最初の例です(*2)。2つの選択肢があります。どちらも掛け金は1000円で賞金は10000円、勝つ確率は12%と8%。こういう場合、目と目の間の奥のほう、前頭眼窩野が決断にバイアスをかけると言われています。では掛け金1万円、賞金100万円、でも確率は限りなく低い場合。大概の人は何度もやろうとはしませんが、2、3回はやってみようと思うでしょう。このように欲望はある枠内で合理的な判断を下し、我々に決断を促しているように見えます。果たして本当にそうでしょうか? 
別の例を考えてみます。やはり2つの選択肢、1つは5000円確実にもらえる、もう1つは7000円もらえるかもしれないが確率は80%。単純計算では7000×0.8で期待値は5600円ですから、後者のほうが得です。が、おそらくかなりの人は余計なリスクを排除して前者を取るでしょう。では逆の場合は? あなたは確実に5000円失います。あなたは7000円失うかもしれないが、20%の確率で何も失わずに済む。この場合、どうせ2000円の差ならトライしようと思うのが人情でしょう。すなわち、我々の欲望という信号は時として、計算通りの合理的な結論ではないほうを選ぶという歪んだバイアスとなって、あなたの行動を押し流すのです。
最後にもう一つ例(*3)を挙げます。あなたは定食屋で、メダイの煮付け定食か一口カツ定食を選ばなくてはなりません。後ろには人がずらっと並んでいます。でもその瞬間にあなたは様々なことを考えます。昨日は魚を食べた。でも最近油モノを取りすぎて吹き出物が出てる。あ、でも一口カツにはネギトロがついてる。じゃあ今日は一口カツね。このような葛藤を「定食屋の葛藤」と言います、…私が作ったんですけど(笑)。このように同じような価値の2つの外部入力から1つを選ばなければならない場合、あなたの脳は記憶に問いかけ体に問いかけ、内部入力を総動員して決断を導き出すわけです。もしそこに伏線が存在したらどうでしょう。例えばあなたが魚嫌いだったら。選択は簡単になります。
このようなアミダクジのような構造(*4)は、脳の中に回路として仕込まれています。脳の奥の方の部分から表面の部分に信号が入ってきます。それを受けた神経細胞が出力を返していく。そしてこれらの神経細胞の中に介在神経というものがあって、これがバイアスをかける。従って特定の入力に対して特定の出力を返そうとする。こういうことによって、脳は決断できるのです。

決断は誰のもの
さて人の脳は他の動物と比べると、前頭葉の発達が顕著です(*5)。では前頭葉は何がスペシャルなのでしょう? 脳には様々な領域があり、そこから発せられた様々な情報が前頭葉に集まってきます。前頭葉はそのすべての信号を統合し、すべての領域に送り返すことができます。つまり、様々な外部入力、内部入力を総合し、伏線を組織し、そして決断を下すことができる、それが前頭葉なのです。
では、脳の回路はコンピュータとどこが違うのでしょう。実は脳の回路というのはノイズだらけです。コンピュータの場合、1つの回路は特定のパターンにしか反応しないようにできています。ところが脳の回路はいろんなパターンに対して多かれ少なかれ反応してしまう。また同じ刺激を与えられると、コンピュータは一定の時間間隔で正確に反応しますが、脳は同じ刺激であっても反応時間にばらつきが起こります。さらに、コンピュータの回路は刺激を与えた部分だけが反応しますが、脳の回路は刺激に関係ない部分も活動しています。コンピュータは何も入れないとまったく動きませんが、脳は勝手に活動を続けます。
昔の脳科学はこれらをノイズとして無視していましたが、最近はこういった活動が実は一番重要な情報を握っていると考え、研究するようになってきました。今の時点で言えることは、こういったノイズの存在が、あなたの決断をあなた自身にとっても予測不可能なモノにしている、ということです。ここまで考えてきてもなお、あなたは「その決断をあなた自身によるものだ」と言えますか?
まとめです。脳の中には様々な伏線が引かれています。そこに様々な外部入力が入ってきて、内部入力が誘導される。決断を迫るプレッシャーが存在します。そこにノイズまでが加わった混沌の中から生まれ出たもの、それが、あなたがあなた自身のものだと信じている決断(*6)なのです。


対論:坂井克之×下條信輔

下條 ここからは短い時間ですが、私とのディスカッションにおつきあいください。最初に、ちょっと補足説明してほしい点があります。外部入力と内部入力の違いはよく分かるんですが、内部入力と伏線の違いがよく分からなかったんですよ。
坂井 実は私自身もはっきり区別をしているわけではないのです。頭の中で形作られる情報が内部入力ですが、それが形作られる時には記憶や経験といった様々な伏線の影響を受けるわけです。ですからそれらすべてが絡み合って決断が生まれるとお考えいただければいいかと思います。
下條 強いて言えば、伏線とは頭内に蓄えられたメモリのようなもので、いずれにせよ、決断は外部入力と内部入力の相互作用でなされるということですね。では次ですが、解剖学的に言うと前頭葉も他の領域とそれほど違いがないのに、なぜ機能がこんなに違うのでしょう?
坂井 前頭葉がまたいくつもの領域に分かれているので十把一絡げで語るのは危険ですが、かなり広い範囲の重要な領域からの情報が前頭葉に集まる脳のコネクション・パターンが前頭葉の機能を特殊にしている、という言い方ができると思います。
下條 機能的に重要な様々な場所から前頭葉に投射があって、かつそれを戻す回路もあるということですね。
坂井 それは事実だと思います。
下條 他にそういう場所はないんですか? 例えば視床とか。
坂井 前頭葉と視床の違いは、その領域内で何らかの計算が行われるか否かだと思います。視床は入力された情報を微調整して出力するような場所ですが、前頭葉では様々な情報を統合するという計算が行われているわけです。
下條 煎じ詰めれば、意志決定をするためには、機能分化している各部位とのやりとりとともに、それを統合する計算ができるだけの複雑さが必要になる、ということですね。
坂井 そういうことになります。
下條 では、なぜ我々は、進化の過程で前頭葉を獲得したのでしょう。
坂井 これは私に正解を出せるはずもない問いですが、私としては根本的な問題として、「前頭葉が生まれたのは必然か」があると思います。分子進化学的な考え方もありますが、社会学的な見方をすると、人間のコミュニティが複雑で非常に大きくなり、他者との関係で自分を捉える必要が生じてきた時に、情報を統合する領域をどこかに作る必然が生まれた、と言えるかもしれません。
下條 種の進化にも、様々な外部入力や内部入力の影響があったのかもしれませんね。ではちょっと角度を変えて、何が前頭葉の活動をトリガーするのでしょう? ウディ・アレンは「人生の85%はただそこにいるだけである」と言ったわけですが、日常生活の中で我々が何かを意識的にやっている瞬間は、確かに微々たるものだと思うわけです。そうした場合、前頭葉は常に活動しているのか、それとも普段は眠っているようなものなのかを伺いたいのですが。
坂井 何らかの外部入力は必要だろうと思います。でも、何もしていない時に眠っているわけではなくて、脳の神経細胞のかなりの部分は自発的に、かつある程度の同期性を持って活動していると考えています。
下條 では次です。前頭葉は単純計算ではないというお話がありました。一般的に合理的な判断の反意語は感覚的な判断だと思われていますが、その辺をもう少しお聞かせください。
坂井 「これとこれとこれの信号が入ってきたら、脳は必ずこの行動をとる」という決定論的な立場では、最早割り切れなくなってきたんじゃないかと、私は思っています。そこでノイズという言葉を持ち出したわけですが、それはつまり、Aという信号が入力されれば必ずBという行動を選択するような単純計算で語れる構造ではないということです。それともう1つ、前頭葉だけが他の領域に信号を送るわけではなくて、脳は上の領域が下の領域に信号を送るピラミッド構造をなしています。そこでやりとりされる信号が果たして計算論で割り切れるものなのかを、疑問に思っているわけです。
下條 かなりの問題提起だと思いますが、続きは総括討論の場でということで、終わりましょう。どうもありがとうございました。


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