イントロダクション
「決断の一瞬」

タナカノリユキ(本プロジェクト監修/アーティスト)
下條信輔(本プロジェクト監修/知覚心理学者)


下條 こんにちは、ルネッサンス ジェネレーション、8年目は「前頭葉 決断の一瞬」。司会進行を務めます下條信輔です。
タナカ タナカノリユキです。
下條 とりあえず、座りましょうか。
タナカ そうですね、イスがたくさんありますけど、下條さんはどれに座る?
下條 コレにしようかな、ホントはこっちのイスが好きなんだけどね。
タナカ じゃあ僕がそれにしよう。
下條 じゃあ、僕はコレ。
タナカ すごいイスに座りますね(笑)。
下條 実はこのイスの配置は、タナカさんが20分ぐらいかけて決めてくれたんですけど、あれは何をやっていたんですか(笑)?
タナカ 色の配置や高さの問題とかを考えて、こんなことになったんですけどね。
下條 現実的な判断と感覚的な見た目の判断の両方が入っているわけですね。
タナカ 今日はゲストの方々にもイスを選んでもらって、なぜそれを選んだかといったことも訊いてみたいと思っています。
下條 「決断の一瞬」と言われた時に、たくさんある選択肢の中から選ぶという意識があると思うので、イス選びもまた1つの決断ですからね。それでは、今回のテーマについてのイントロダクションに入りたいと思います。まずタナカさんのほうから。

タナカ 昨年「同時多発TV」というテーマでメディアやリアリティについて話をしたわけです。その時にアメリカにもイラクにも真実がないとか、インターネット社会では情報の真偽が定かではないという話になって、会場から、我々はこの情報が氾濫する現代でどう判断したらいいのか、という意見が出たんですね。後日、その話を下條さんとしていた時に、判断や決断はどこから来るのだろうという方向が出てきて、それが今回のテーマのきっかけです。
下條 そうでしたね。僕に言わせると今年の特徴は、タナカさん自身が今年はこういう話をしたいと、積極的にレクチャーに参加してきてくれたことだと思うんですけど。
タナカ 今、僕の仕事がかなり社会的になって、様々な立場のヒトが関わってきている状況があるんです。つまり自分個人の意志で決定することと、集団で決定されるものが混ざっている状況なんですよ。それは現在の社会状況にも重なるわけで、そんな集団と個人の問題も話したいと思っています。
下條 去年からの続きで、アメリカとか戦争という話で言うと、現在の認識はむしろ、大悪人もフォロアも反対者もいる複雑な集団の中でのダイナミックな自己組織化の課程で、誰が決めたでもなくああなってしまったというものだと思うわけです。集団意志決定というより、集団で意志を決定していないと言ったほうが正確なくらい。一方、アーティストが絵を描いている時に、ここの色をどうしようというのはまさに個人的な決断です。僕がサイエンティストとして興味があるのは、アーティストがこの仕事はこれで完成と決めた瞬間に、どうして完成したと分かるのかということなんです。例えばこのイスの配置を決めた時、タナカさんの脳の中では何が起きていたんですか?
タナカ かいつまんで言うと、2つありますね。1つはこれ以上やっても同じことが起こるだろうという段階まで、頭の中でのシミュレーションを済ませたという状態。これは美に対する感覚の問題ですね。もう1つは、会場で見るお客さんの気持ちで考えられているかということ。それはつまり、より具体的な状況の中での感覚の問題。
下條 そういうことも含めて、我々の日常生活というのは決断の連続だと思うんです。
タナカ 反射神経も含めれば、常に決断し続けていると言ってもいい。決断しないという決断も含まれているかもしれないし。
下條 そして去年からの繋がりで言うと、本物と偽物の判断もあると思います。事実を記録する技術が進化し偽物が成立しなくなるかと思いきや、偽物が氾濫し本物と偽物の境界が曖昧になってきている。例えば写真が誕生した時には、これで事実が正確に記録できると思ったのに、今や写真ほど捏造しやすいメディアはない。アートやメディアのオリジナリティにも繋がるし、今日の大きなテーマの1つだと思うんです。
 また、本物の定義とは何かという話もあります。その話は川人先生がレクチャーしてくれることになっています。そしてタナカさんが触れた反射的運動と意図を持った行為に関する考え方については、坂井先生にお話いただきます。その他にも、判断と報酬の問題や前頭葉についての話、そして「囚人のジレンマ」という興味深い実験のデモも見ていただく予定です。
タナカ 今年も時間が足りなくなりそうですが(笑)、最後までおつきあいください。


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