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1. 暗順応●ストロボ
ヒトの網膜と視覚神経系には明所視と暗所視のふたつのシステムが並存しており、暗がりに順応することによって、視覚系は前者から後者のシステムへと軸足を移していく。具体的には、前者は光感度や動き/変化の検出力で劣るが、色彩感覚に優れ、中心視野で優位である。後者はその逆で、色盲に近いが動きや変化の検出に優れる。それと同時に暗順応によって視感細胞全体の感受性が上がる。ここではまず、舞台と会場全体を極力暗くして完全暗室に近い状態とし、30秒から1分程度の暗順応時間を置いた。その間、舞台上でのダンサーの動きを見ることで、観衆が暗順応のプロセスを実感できるようにした。その上で、単発のストロボを焚くことで、持続的な運動の知覚を排除したスナップショットと、陽性(つまり色やコントラストが陰性残像のように逆転しない)3次元の網膜残像を創出した。ダンサーたちのアスレティックでアクロバティックな動きと、タイミングの良いフラッシュとが相まって、見る者の記憶に長く残る「残像」が実現された。

2. カモフラージュ
「ダイナミック・カラー・マスク」のオリジナル映像が流される。スクリーン中央に立った白装束の蹄ギガは、スクリーンに密着していて、客席からは実物なのか映像の一部なのかさえわからない。やがてじわじわとスクリーンから離れるに連れて、影の輪郭によって実体化すると同時に、スクリーンと身体上に分け隔てなく投映されたカラーマスクの効果で、身体は逆に透明化する。両端からじわじわと二人のダンサーが侵入してくるが、動きがきわめて遅い為に、侵入した部分から透明化して、定かではない。確かめようとそのどちらかに視線を移すと、今度は中央の蹄の身体が溶融し、ときには消失する。半透明なままで、三人の身体が激しく交錯し、重なりあう。色彩の切り替えとダイナミックな音楽/音響効果が相互作用したとき、この不思議な透明感は頂点に達した。いわゆるカモフラージュ効果も、ここで使われている視覚効果の一部だが、普通カモフラージュといえば静止的な効果で、対象の運動はむしろ「カモフラージュ」破りとして作用する。ここでは逆に、ダイナミックな映像と身体運動を組み合わせて「透明視」の光学原理を実現するとともに、「運動刺激が静止ターゲットの見えを抑制する」という「MID(Motion Induced Blindness;運動誘発盲)」の効果を誘導することに成功した。
3. ミラーボール
会場天井付近に釣り下げたミラーボールと複数の光源によって、ステージ前面だけでなく天井、壁面、さらには客席にまで「オプティカル・フロー(光点の流れ)」を投映した。ここでねらった効果は少なくともふたつある。その第一は「べクション(視覚誘導性自己運動感覚)」と呼ばれる効果で、(たとえば光点が下降する場合)客席からしばらく正面を見続けると、自分の身体が、ときには会場全体とともに浮揚し、仰向け方向に回転をはじめる。知覚が単に対象を捉える働きではなく、自己と世界の関係を捉える働きであることを、如実に示す効果である。第二の効果は前出の「MID(Motion Induced Blindness;運動誘発盲)」であり、特に視野の周辺で捉えると、静止した(あるいはゆっくり動く)ダンサーの身体が突如消失し、消失した空間を光点の流れが埋める。会場を半暗室化し、注視点(レーザー光)をゆっくりと舞台正面で上下させたことで、これらの効果は単に強まったというよりは純粋化した。現象の深い把握に基づいて、禁欲的でリズミカルな動きと音に絞り込んだダンスチームの功績も大きく、知覚経験の崇高な結晶化とでも呼びたい瞬間が現出した。前出の2(カモフラージュ)とともに、このような知覚効果でパーフォーマーの生身の身体を舞台上から消し得たケースは、私たちの知る限りでは世界でも類例を見ない。


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