私たちは、未来のことにせよ過去の出来事にせよ、不確かな出来事に対しては、それがどれくらい確かかという「確率」を見積もっています。そして新しい情報を得るたびに、その確率を更新していく。「ベイズの定理」は、確率の更新を合理的に行うための数学上の定理です。
 今回は「カセットテープ問題」「感染者問題」という確率の問題を通して、この数理と直観の乖離の一端を経験していただき、人間の直観のバイアスがどこにあるのか、数理的な解を直観的にも納得する手だてはあるのかを考えていきます。

「カセットテープ問題」(*1)
 2つのカセットテープがあり、テープ1には表にサザン、裏にSMAPが、テープ2には表にも裏にもサザンが録音されています。このテープをランダムに選んだらサザンがかかってきた。さて、この情報が得られた時点で、かけたテープがテープ1である確率はどれだけか。というのが問題です。
 数理的な正解は1/3になります。この数式を見てください。分母はサザンが聞こえてくる全確率。つまり〈テープ1を選んでサザンがかかる場合+テープ2を選んでサザンがかかる場合〉です。テープ1を選ぶ確率は1/2、SMAPではなくサザンがかかる確率は1/2。ですから、テープ1の場合は1/2×1/2=1/4の確率になります。テープ2の場合は、テープ2を選ぶ確率が1/2。テープ2ならば表も裏もサザンが入っていますから、1/2×1=1/2の確率になります。テープ1と2の確率を足せば、サザンがかかる全ての可能性を網羅できます。1/4+1/2=3/4、が分母の数値です。一方、分子はテープ1である確率ですから、1/2×1/2=1/4になります。つまり1/4÷3/4=1/3。これがベイズの定理を用いた正解の導き方です。

「感染者問題」(*2)
 ある国に1000人に1人の割合である病気にかかっている人がいます。その感染判定をできる検査薬を使うと、感染している場合には98%陽性反応が、非感染の場合には99%陰性反応が出ます。ある人がこの検査薬で陽性反応が出た場合、この人が本当に感染している確率はどのくらいか。直感的には98%以上と思いたくなりますが、カセットテープ問題同様ベイズの定理を使うと、0.089つまり8.9%という非常に小さな値が得られます。
 それはなぜかというと、直観的な答えはもともとの基準確率を忘れているからです。基準確率とはこの場合、「この病気にかかっているのは1000人に1人の割合である」です。つまり検査薬によって陽性だという情報が得られたことによって、もともとの基準確率である0.1%から8.9%に確率が上がっているので、おかしくはありません。
 直観の場合、私たちはつい検査薬の精度の高さである98%と比較してしまいます。しかし比較すべきは基準確率なんです。そこを見失いやすいのです。

「ルーレット表現」(*3)
 ではベイズの定理を直感的理解に近づけるためにはどうしたらいいか。ルーレット表現という図解があります。例えばカセットテープ問題をこの図に当てはめると、一目瞭然なのが分かると思います。
 今日は、確からしさをテーマに人間の直感的判断についてお話してきました。人間の直観には閃きや創造性といったポジティヴな面もありますが、逆に見落とし、バイアス、偏見などネガティヴな面もあるのです。感染者問題のように、基準確率という重要な要素を見落としてしまうと、結果として冷静な客観的解答と大きくずれてしまうことがあるわけです。
 そういう直観の錯誤は学習で修正することは可能なのでしょうか。私は可能だと思います。一つには数理的な判断の仕組みをルーレット表現のような図で理解すること。加えて、自らのバイアスの所在を知ることも大切です。それを知ることで、補正することが出来、直観を洗練させていくことができると思います。


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