[ 第1部 総括対論 ]

タナカノリユキ
アーティスト・クリエイティブディレクター・アートディレクター・映像ディレクター

下條信輔

カリフォルニア工科大学教授/知覚心理学・認知脳科学・認知発達学


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ルネッサンスジェネレーションの成り立ち

■下條 こんにちは、下條信輔です。本日はルネッサンスジェネレーションによくおいでくださいました。
■タナカ タナカノリユキです。今回は15回目にしてファイナルということになります。よろしくお願いします。
■下條 このルネッサンスジェネレーション、たしか15年前、金沢工業大学がタナカノリユキのところに話を持ってきたのがきっかけだったと思うんですが。
■タナカ そうですね。僕としては、自分が本当に知りたいことをオープンな形で話したり、考えたりするようなことならできるかもしれないと思ったんです。そしてちょうどその頃、「アート&サイエンス」をテーマに雑誌で連載していて、ヒトや環境に関わる研究をしている科学者に会いに行っていたんです。
■下條 それがそもそも僕らが知り合ったきっかけなんですよね。
■タナカ そうですね。でも下條さんには最初とても嫌がられて(笑)。
■下條 いや、迷惑なお客だったんですよ。
■タナカ 科学者の人たちというのは、研究に忙しいから他ジャンルの人に会ってる閑はないっていう人がすごく多いから。
■下條 それに格好がヘンだし、礼儀知らずだし(笑)。ただ、最近ではアメリカでも神経学者からイメージを拝借しようという現代アーティストがいっぱいいるんですよ。でも、本気で興味を持っている人はほとんどいない。その点、タナカノリユキは徹底して中身に突っ込んできた唯一のアーティストだったんです。お世辞ではなくね。
■タナカ 僕は専門でない人間が、自分の知識にしようなんて考えるのは不遜だと感じてたんです。それは研究に専心している科学者に対するリスペクトがありましたから。それに下條さんもとてもオープンな人だから、科学の領域にとどまってしまわないダイナミックなディスカッションができたんですね。
■下條 当時を思い出すと、タナカノリユキの発する質問は、学会では絶対に出てこない質問で、とても新鮮だったんですよ。
■タナカ で、下條さんとなら何か出来るんじゃないかと感じて声をかけたわけです。
■下條 そして実は、今回のfinalに関しても、やろうかどうしようかという中で、タナカさんが主導する形で開催が決まったんです。
■タナカ このまま終わってもよかったんですけど、けじめをつけられればと思ったんです。
■下條 似たようなイベントは他にもあったけれど、いつの間にか終わってたりして、やはり僕らは自分たちの発言に対して責任を持ちたいし、毎回来てくれるリピーターの人たちに対する思いもあったわけです。私自身の感覚で言うと、これまで14年間やってきたんだけれど、まだ、タナカノリユキと話しのこしたことがあるような気がしているんですね。ですから、今日は、タナカノリユキと徹底的に話すつもりで来ていますので、みなさんも覚悟を決めてお付き合いください。
■タナカ 第1部では14年間を振り返る中からキーワードを抽出して、第2部ではそのキーワードをベースに今、そして未来についてのディスカッションをしたいと思います。
■下條 ルネッサンスジェネレーションのテーマは、その年々のアクチュアルなテーマをピックアップしてきたわけですが、今年はなんと言っても3.11が大きいと思うんです。タナカさんは3.11のとき、どこにいて何を感じたか、をひと言聞いておきたいんだけれど。
■タナカ 僕は飛行機の中にいましたね。
■下條 あ、そうなんだ。実は僕も羽田発ロス行きの飛行機の中にいたんですよ。そうすると、ふたりとも揺れ自体は経験してないことになりますね。
■タナカ そうですね。ただ僕の中では、あの地震の後に来た、多くの喪失みたいなものが忘れられないんです。被災地だけに限らずメディア、国、人など、自分たちを成り立たせていた多くのものに対する喪失。今回の「見失われた未来のために」というテーマには、その喪失をもう一度見つめ直したいという重いを込めたつもりです。

過去14回のクイックリプレイ。

■下條 では早速、第1回から行きましょう。『精神の遊技場』ですね。ゲストには岩井俊雄さん、アズビー・ブラウンさん、ピーター・リチャーズさん。印象的だったのは岩井さんがピアノを使って披露してくれたデジタルアートのショウイングでした。(※1
■タナカ 音と映像が完璧にリンクして、楽器であるピアノが映像装置になった。従来のメディアの意味や役割も変わり始めた瞬間ですね。
■下條 あのとき岩井さんは、コンピュータアートがレオナルド・ダ・ヴィンチの時代に入っていると言っていて。それはつまり、ピアノも絵も何十年という修練が必要だったけれど、コンピュータの助けを借りることで、ひとりでそれができてしまう。その前提の中でクリエイティヴを追求できる時代になったということですね。この頃は我々も含めて、未来に対してオプティミスティックだったと思うんです。
■タナカ 新しいテクノロジーが自分たちの感覚や意識を広げるんじゃないかという期待があったように思いますね。
■下條 ただ岩井さんはある不安も表明していて、絵描きの持っていたタッチはどこへ行ってしまうんだろう、ということなわけです。そのタッチが個性につながるとするなら、デジタルアートのクリエイティヴィティとはどこにあるのだろうという問題。
■タナカ 取捨選択するとき、その「間」みたいなところなのかな。それは第2部でもっと話してもいいと思っています。
■下條 そうですね。では第2回、『周波数』。副題には「表現、メディア、身体との関係性」。
■タナカ これは「ポケモン事件」、TVアニメ放映後、光過敏症で入院する子どもたちがたくさん出たことを受けてのことですね。当時、周波数に対する明確な基準がなかったんですよね。
■下條 そうですね。このテーマを選んだことで、その後のルネッサンスジェネレーションの方向性が決まったように思います。続いて第3回。『心の理論』。他者に関わる問題意識が初めてクローズアップされた回です。
■タナカ これは「毒入りカレー事件」が大きく影響したように思います。
■下條 霊長類研の松沢さんとロボティクスの浅田さんが他者は実在するという話をしていたのに対して、哲学者の永井さんが他者は存在しないという独我論を展開して、大変緊張感のある議論が展開されました。珍しいキノコや蹄ギガさん、宇治野宗輝さんによる刺激的なパフォーマンスもありました。(※2
■タナカ 宇治野さんがお客さんの髪の毛を剃ってしまったり。
■下條 そうでしたね。自己の中の他者性については、第2部で話をしたいと思います。そして第4回は、『ADDICTION ハマるメカニズム?』でした。薬物中毒と若者文化におけるハマるは同じなのか違うのか。ハマる・快・欲望・美といったもののつながりに興味を持って、哲学者の東浩紀さん、精神薬理学の廣中直行さん、特撮監督の樋口真嗣さんをゲストにお呼びした回です。
■タナカ 精神を物質で操作できるのか、精神は物質なのかという問題がクローズアップされた回ですね。
■下條 そうですね。この2回のテーマが後に、タナカさんのクリエイティヴィティに対する関心と私自身の潜在認知に対する関心がクロスオーバーして発展してゆくきっかけになったように思います。さて第5回『変身願望』。ルネッサンスジェネレーションの基本テーマである「未来身体」を直接的に取り上げたのがこの年でした。
■タナカ 前回、ハマるメカニズムで遺伝子までも変容させてしまうという話があって、ではその変容することに対する願望もあるんじゃないかというところから出てきたテーマです。
そしてアイデンティティの問題。
■下條 私はこの回では、自らの身体は心理学的構成物であるという鷲田清一さんの主張が印象的でした。自分の身体というのは実は、自分で見ることはほとんど出来ないわけですね。手こそよく見るけれど、背中は見えないし、顔だって鏡で見ることしかできない。それでは本当に見たことにはならないのではないか。見たことがないからこそ、心理学的に構成しなくてはならない。そうしたときに衣服を構成物としての身体の表面として捉えるというお話でした。このときは、作家で薬学博士の瀬名秀明さん、ロボティクスの前田太郎さんという興味深いゲストが出演くださいました。そして、蹄ギガさんと関根えりかさんによるパフォーマンスも素晴らしかったですね(※3)。
■タナカ ひびのこづえさんの衣装、巻上公一さんと戸川純さんにナレーションをお願いしたんですね。で、客席の上では巨大風船がどんどん膨らんでいくという。
■下條 僕はやめようって言ったんですけどね(笑)。死とは何か、身体とは何か、自己の輪郭とは明確なのか、といったことを問いかけるパフォーマンスでした。
■タナカ ま、あの風船も皮膚のメタファーだったわけです。
■下條 第6回『メモリー・イン・モーション』。時間と記憶をテーマにしました。少し方向が変わった回ですね。人間の脳や心だけではなく、自然、とくに物理環境と相互作用して、人間という種にある独自の制約条件を生み出しているのではないかという考えからスタートしています。まず認知心理学者の仲真紀子さんに記憶の発達について話をしてもらいましたが、おもしろかったのは、過去に対する理解よりも未来に対する理解の方が先であるというお話。人間にとっての時間は主観的な事実としてあると。そして理論物理学の田崎秀一さんからは、時間の流れの方向を前提にしている。つまり、心理学でも物理学でも時間の矢は一方向であるということでした。そして哲学者の植村恒一郎さんからは、自己知覚のパースペクティヴについて話していただきました。
■タナカ この回が一番難しかった。これまで心と身体と物理環境について議論していたところに時間が入ってきたこと、そこにはカオスの概念も入ってきて、難しかったですね。
■下條 タナカさん、当時も言ってましたよね。ただこのテーマは、不確かさや虚と実という点で、次の第7回『リアリティ・ザッピング』につながっていったわけです。ゲストには、国際ジャーナリストの田中宇さん、発達認知科学の金沢創さん、あとビデオ出演で心理学の市川伸一さんに登場いただきました。
■タナカ ちょうどブッシュによるイラク攻撃が始まり、真偽やリアリティの問題、文化の違いなども議論されましたね。
■下條 このときの田中宇さんの発言にはとてもインパクトがあって。インターネット上で起きていることは、親米反米どちらをとってもリアリティのでっち上げとつぶし合いであり、真偽のほどよりも、情動にトリガーをかける
ことで人々に信じさせてしまえば、別の意味の真実として独り歩きするということを説明してくれたわけです。市川さんには不確かさへのアプローチの仕方について語っていただきましたが、3.11以降の出来事はまさにそれでした。科学的データがきわめて希薄だったとき、人間はどういう立場をとりがちかという、認知能力の限界が問われたわけです。そしてカモフラージュをテーマにしたパフォーマンスも実施しました。(※4
■タナカ 横から見ると人がいることがわかるんですが、客席側から見ていると、ホントにわかりませんでしたね。
■下條 このときにはデジタル技術による知覚の変容もテーマに上がりましたね。そして第8回『前頭葉 決断の一瞬』。ここでは意志決定を俎上に上げたわけです。
■タナカ これは前回の田中宇さんとの話のなかで、心理的なリアリティに立脚してしまうのであれば、そこからさきサヴァイヴするためには、ザッピングした多量なパーツから、ある地平を見抜いていくしかないという話になって、それが意志決定へとつながったわけです。
■下條 そうでしたね。田中宇さんは現地に行っても見られるモノは限られていて、それよりもネット上に溢れる
大量な情報から、何を見出すかが重要なんだと言っていました。そして、この回の
ゲストには脳科学者の坂井克之さんと川人光男さんに来ていただき、前頭葉の特殊性やリアルとヴァーチャルの壁といったディスカッションをしたわけです。そしてこのとき、タナカノリユキが行ったショウイングも興味深いモノでした。
■タナカ あれは、クリエイティヴにおける意志決定のバイアスを書き出したわけです。
■下條 タナカさんが普段、意志決定の現場で意識していることなわけですよね。
■タナカ そうですね。ただ、ああいう自分の目やクリエイティブの姿勢をクリアに保つ方法論的なことは、美術教育では教わらないことなんで、ちょっとやってみたということなんですけど。
■下條 第9回『カタストロフィ』。これはこの後に大きく影響を与えたテーマだったと思います。ゲストには、人類滅亡論を唱えている安田喜憲さん、遺伝学の相垣敏郎さんに来ていただきました。そして計算生物学の北野宏明さんがビデオ出演をしていただきました。この年は、安田さんが2070年に人類が滅亡すると言ったり、北野さんとはこのときにすでに、想定外というテーマで原発の話をしていたりと、かなりエポックメイキングな回だったと思います。
■タナカ 下條さんが安田さんにかみつきましたからね(笑)。
■下條 でも、3.11が起きてみると、あり得ないことじゃない気もしてきます。そして第10回では、初めて倫理を真正面から取り上げて、『[悪/善]人はなぜ人を殺すのか』。
■タナカ 倫理はどこからやってくるのか、という問題意識ですね。
■下條 ゲストには哲学から永井均さん、霊長類学の中村美知夫さん、そして司法精神医学の中谷陽二さんにご来場いただきました。金剛地武志さんのパフォーマンスも印象的でした。(※5
■タナカ このときは、ナトリウムランプによって、現場の風景をモノクロ化したんです。
■下條 人体の模型でつくったテーブルもグロテスクでよかったですね。少し先を急ぎましょう。第11回『[情動]欲望・操作・自由』。
■タナカ 『リアリティ・ザッピング』や『前頭葉 決断の一瞬』などをテーマに話をしているときに、リアリティや判断の裏側には情動が常に見え隠れしていたわけです。ならば一度、情動を真正面から取り上げたらどうだろうということになったんでしたね。
■下條 そうですね。この年印象的だったのは酒井隆史さんがされた「情動の権力」という話。他には僕の同僚でもある廣中直行さんやクリスチャン・シャイアー、そして精神分析医の十川幸司さんにもご登場いただきました。そして第12回も『決断なき自由ー情動の現代ー』として、引き続いて情動がメインテーマになったわけです。これは積み残したんでしたっけ?
■タナカ そうですね、自由とはなんなのか、選ぶ自由があると同時に、選択肢の数が制御されている時点でどうなのだろう、逆に選択肢が多すぎたらどうなのだろうといった問題意識がベースになったわけです。
■下條 僕とタナカさんとで、嘘発見器をつけてトークをやってみたという実験もやりましたね。(※6
■タナカ あと田中宇さんが再登場されました。
■下條 そうですね。「情動戦略のやり過ぎの果てに」という身もふたもないテーマでレクチャーをしてくれましたが、現代のウォールストリートでのデモまでを予見したレクチャーでした。そして社会学者の大澤真幸さんも発達心理学的な立場から、興味深いレクチャーをしてくれました。自由を担保しているのは人格の自立性であるというお話でした。そしてこの2回を通じて、情動の問題というのは潜在過程と身体の問題であるという結論に辿り着いたかと思います。そして第13回は『パラレルワールド!』。宇宙物理学の佐藤勝彦さん、ファンタジー研究者の井辻朱美さん、そして哲学者の野矢茂樹さんにご登場いただきました。
■タナカ 科学の決定論と自由についての野矢さんの主張はとてもおもしろかったですね。
■下條 第14回『ヒトは××に還元できる、か』。
■タナカ これは二人の間ではファイナルのつもりでやった回ですが、科学の決定論的なものと自由を、身もふたもないところまで突き詰めたらどうだろうということですね。
■下條 そうです。還元できるという前提でどこまで行けるかをやっているサイエンス側と、心は脳に還元できないという立場の精神科医側からゲストを迎えて、非常におもしろい議論が展開されました。なかでも内海さんの、心は遺伝型ではなく獲得形質であるという意見、そして世の中が変われば心を持たない人間が現れても驚かないという意見には驚かされました。
 さて、この14回を駆け足でたどってきたわけですが、この14回から浮かび上がる問題意識を抽出したつもりです。後半部では、その抽出した問題意識を元に、集中討論したいと思います。


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