工学の曙文庫について

 工学は人間生活の中に科学の成果を応用し、人間にとって有益、便利で実用的なものを産み出す、文化の本質のひとつをなしています。しかし、工学は反面、その目的の設定を誤ると、人間にとって極めて危険で恐ろしいものになり得る可能性をも秘めています。したがって、工学を学び実践する者はこの両面性の存在を常に認識していなければなりません。

 金沢工業大学は、工学の創造的探究と、人間性とのかかわりを正しく把握、判断する為には、科学及び工学の発展の軌跡、その歴史的認識が重要かつ不可欠であると確信して、科学技術史及び科学技術倫理の教育と研究を実施するとともに、発展の途上において行われた主要な科学的発見、技術的発明の原典初版を収集し、それを教育・ 研究に活用しております。

 科学と技術の発展の速さは知識の伝達の速さに関係します。西欧に於て中世までの間はすべての知識は口伝か,写本として伝達されるのみで、そのスピードは遅くかつ狭い範囲に限られており、これによって知識は限られた人々のみの占有物でした。ところが、1450年頃に、グーテンベルクの活版印刷術の発明によって 事情は一変して知識流通量の爆発的な増大をもたらしました。一般の人々の知識 への接触が容易になり、その速度と量とにおいても飛躍的な発展をとげたのです。正にこの事によって、様々な知識がぶつかり合い、交錯し、刺激し合う相互作用が加速度的に高まって、現在に至る科学技術の興隆をもたらしたのです。言って見れば、この興隆を可能にし、それを支えたものもまた,活版印刷技術という工 学上の発明によっているのです。このことに鑑み、この「工学の曙」文庫と名付けられたこのコレクションは、グーテンベルク以降の、出版されて流通した主要な科学技術上の業績の初版を中心として構成されています。

ここに収集された諸資料は、いずれも科学技術の発展の偉大な所産であり、 同時にその里程標となった諸業績であり、重要かつ稀覯なものです。この本の一冊一冊が、いわば「世界を変えて来た」のです。  

 本文庫の構成、収集及び解説は、本学ライブラリーセンター顧問、竺 覚暁教授が担当しました。