ジャック・ベッソン氏の機械と器具の劇場
1582年
ジャック・ベッソン(?-1569)
 ルネサンス時代は、ヨーロッパ諸国間の国際貿易が拡大し、商業が発展し、貨幣経済が成長した時代でした。メディチ家を始めとする当時の諸候は、領国の支配者であると同時に、しばしば、銀行家であり、貿易業者でもありました。彼等は資金を産業に投資する事によって得た富で兵を養い、強力な軍隊で支配圏を拡げるという典型的な富国強兵策をとっていたのです。
 彼等の産業に対する投資は、当然の事ながら産業に於ける技術革新の動きを強力に推進したのです。つまり、ステヴィンやガリレオ等の物理学者による力学の発達とレオナルド・ダ・ヴィンチの様な力学の成果を機械技術に応用しようとする技術者の試みが結び付き、様々な機械が考案されようになったのです。
 こうした新しい機械への需要は多く、技術者は新しい機械技術を学ぶのに熱心だったのです。  印刷術の発明自体この技術革新の成果ですが、しかしこの新しいコミュケーションの手段は、新しい機械技術情報の流通に大きな勢いを与えたのでした。発明家や職人は、本を出して新しい機械的考案を提案すると共に、他の人の書いた本を買って読み、新知識を学んだのです。その様な訳で、16世紀後半からは様々な機械類の便覧が、この様な目的の為に多く出版されました。
 本書はフランスの技術家ベッソンによるこの種の便覧の最初のものです。彼はこの中で水力、風力を動力として用いた揚水機、その他種々多くの機械を美しいイラストで示していますが、この中には現実に作られ動作した機械もありますが、着想をそのまま絵にしただけの実際動くとは思われないものも含まれています。これらは、現代の我々にとって、人工知能(AI)やバイオテクノロジー等がそうである様に、彼の時代における近未来の先端技術のアイデアだったのです。本書は出版後非常に評判になり、すぐ各国語に訳されて、広くヨーロッパに流布しました。本書の成功に刺激されて、以後つぎつぎとラメリの「種々の精巧な機械(1588年)」 、ブランカの「機械(1629年)」-この本で、ブランカは蒸気タービンのアイデアを示しています-、ゾンカの「機械と建築の新劇場(1607年)」等この種の本が多く出版されたのです。